Chapter Text
(第一章)
シャーロックが、何かがおかしいと最初に感じたのは、ミルバートンの謎を解決した夜だった。尊敬のまなざしでシャーロックの推理を聞いて、恥ずかしげもなく賞賛の言葉を浴びせるはずのジョンは、ふらりとどこかへ行ってしまったようだ。
ぐるりとあたりを見渡し、レストレードのすぐそばに立っているジョンを見つける。
二人はひそひそ話をしたかと思うと・・・ケタケタ楽しげに笑い始めたじゃないか!
シャーロックは大股でつかつかと二人に歩み寄り二人を遮る。
「二人とも犯罪現場が楽しそうで何より。もういいかジョン、帰るぞ」
ジョンはレストレードに、じゃあまた、と挨拶している間も笑いが収まらないようだ。
「何がそんなに面白いんだ?」
シャーロックが怪訝に思い尋ねると、
「別にたいしたことじゃ・・・君にはきっと分からないと思うよ・・・でもほんとグレッグってば、たまにおかしいったら!」
「グレッグ?」
「ああ、レストレードの名前だよ。また忘れたの?」
「使えないものは記憶から消去することにしてる」
シャーロックはわけもなくイライラしながらタクシーを呼びとめると、そう抑圧的に言い放つ。そしてタクシーで家に帰るまでの間沈黙を貫き、ジョンは会話をしようと何回か話しかけたけれど、ことごとく失敗して無視されたのだった。
***
次の日の朝には、すべてがいつも通り・・・221Bにとってのいつも通りに戻っていた。
シャーロックは種類の異なる人間の髪の毛について顕微鏡で分析し、記録していて、ジョンはそんな彼に何か食べさせようとさせていたけれど、無駄な努力に終わっていた。
「シャーロック、トーストを食べなよ」
ジョンが新聞をめくりながら、諦め気味にまたシャーロックに話しかける。
その声にシャーロックは顕微鏡から目を上げジョンを見ると、陽の光が彼に降り注ぎ、彼の姿を黄金色に輝かせている姿が目に入ってきた。まるで金色の髪の毛が柔らかく輝きを放っているよう。
・・・人間の髪の毛について実験しているんだから、あの髪に触りたいと思うのは自然なことのはずだ、たぶん。
でも、ジョンはシャーロックが髪に触れたいと言ったらいい顔はしないだろう。たとえそれが科学のためでも。それでも無謀を承知でシャーロックはジョンに要求してみた。
「ジョン、君の髪が必要だ!」
「は?」
「テストのために君の髪のサンプルが必要なんだ。ひと房でいいから」
ジョンに歩みより、彼の怪訝な顔を見ると、さらに説明を付け加える。
「僕は今、種類の異なる人間の髪の毛について実験しているんだ」
要求をつきつけるシャーロックにジョンは腕を組むと、にやりと笑って言い放った。
「ふうん、じゃあトースト食べたらあげてもいいよ」
「君は僕の母親か!?」
シャーロックはぶつぶつ言いながらも仕方なくトーストを取り上げ、もぐもぐと食べ始める。
「よしよし、いい子だね、ちゃんと紅茶も飲むんだぞ」
じろりと睨むシャーロックに対し、ジョンはさらりとそう言ってのけるのだ。
そうしてトーストを食べ終わるや、シャーロックは髪を取るため、こっそりジョンに近づこうとしたけれど、ジョンに見つかり遮られてしまう。
「髪をそのまま引っこ抜かせてたまるか。頼むからハサミを持ってこいよ」
むっとしながらもハサミを準備し、やっとのことでジョンの髪に触るチャンスがシャーロックに訪れる。シャーロックはジョンの後ろ、彼のうなじのとても手触りの柔らかいところから、手で梳るほどに伸びた彼の頭の上の部分までそっと指を走らせてみた。
ジョンのうなじの毛は明るい金色なのに対し、前髪にはちょっと灰がかった白髪が金髪に混じっている。彼の耳が小さくて完璧な形なのにシャーロックは感嘆した。もっと近くで見れば、きっと耳たぶのふわふわした産毛が見え・・・
「えーっと、シャーロック?もしかして君、僕の耳を切ろうとしてない?」
ジョンの言葉にはっと目が覚めたように現実に戻ると、シャーロックは自分が手でジョンの耳に触れていたことに気が付き、瞬時に顔を赤くした。ジョンが後ろを向いていてよかった。
「コホン、いや、どこがカットするのにちょうど良いか、確認してただけだ。そう、実験のために」
あわてて言うと、ジョンの頭の上の部分からいくらか髪の毛を切り落とす。
髪の毛を取って顕微鏡に戻ったとき、ちょうどジョンの携帯が鳴る音が耳に入った。
シャーロックは顕微鏡に向かい、気まずい雰囲気が途切れたことにほっと息をつく。いったい自分は何をしていたんだ。ジョンの髪をいじったうえに、耳に触るなんて!
よくよく考えてみれば、ここ数週間ジョンに触りたいと思うことが飛躍的に増えているのを認めざるを得ない。犯罪現場でもジョンの側に寄りすぎているし、タクシーでもすごく近くに座っているし、毎日のように、家で何か取ろうとするときには偶然を装ってわざと彼に触れるようにしている。まったくもってわけが分からない。唯一安心できるのは(何で安心しないといけないんだ)、それでもジョンが自分を避けてないってことだ。
シャーロックがもやもやしていると、ジョンは携帯に送られてきたメールを読み終わり、にこりと微笑んで熱心に返信を打ち始めた。
シャーロックはふん、と鼻で笑う。またガールフレンドを作ろうとしているに違いない。
なんでジョンがそんなに女を気に掛けるのか全くもって理解できない。奴らは自分みたいに、ジョンに命がけのスリルや興奮できる体験をさせてくれるわけじゃあないのに。
いつものように、シャーロックはメールの相手を特定しようと、こっそりジョンの携帯をくすねてみた。デートの計画をしているようなら、どうやって妨害してやろうか考えなきゃいけない。
しかし、そうして見た携帯メールの履歴に目を見張る。ここ10件のメールはレストレードからのものだったのだ。しかもこの数日間にこのメールの量。
それは犯罪現場に来るかどうか聞いているものから、サッカーの試合を見たかだとか、ほとんどが他愛もない内容だ。最後のメールはジョンの応援するサッカーチームをばかにした感じのもので、それにジョンはぴしゃりと反論を返していた。
どうやら女とのデートの件はシャーロックの取り越し苦労だったようだ。
そう、ジョンがメールしている時に笑ったりするから、ちょっと気になっただけだ・・・・
