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ビーチサイドモーテル / beachside motel

Summary:

リベンジ号クルーたちがモーテルでわいわいする現代AUです。
I have never stayed in a motel before. So it was easy for me to write about how Steed yearns for motels, the charming hotels of foreign countries<3

Work Text:

ビーチサイドモーテル

101号室
 青い空、白い海。…あれ、白い空、青い海だったっけ?タクシーを降りた途端吹き抜けた南国の風に、思いっきり深呼吸した。そびえ立つヤシの木が燦々とビーチの前を揺らめき、その上ではカモメがクゥクゥと鳴いて空を泳いでいる。
「ついにやってきたぞ…待ちにまで待った夏休みだ!」
アロハシャツから伸びた両腕でガッツポーズすると、おでこに乗せたサングラスがずり落ちて慌ててかけ直す。
 パンパンのキャリーケースを抱えて海沿いのハイウェイを歩くと、すぐにお目当てのモーテルは見えてきた。のっぺり横に長い建物とそれより大きな駐車場。脇にどでかいネオン看板がそびえ立っているのが目印だ。潮風と錆びで色が落ちに落ちたそのロゴは、かろうじて『ビーチサイドモーテル』という文字の形を保っている。私はこの夏、このモーテルで何もしない最高のバカンスを楽しむつもりなのだ。
 「えーと、スティード・ボネットさんですね。朝食は8時からです」
テレビをながら見されつつフロントでチェックインを済ませ、101号室の鍵を受け取る。小判をとんがらせたようなこの形のキーを手に握るだけで、心がソワソワと浮き立つようだ。
 モーテル、それはアメリカ映画でお馴染みの駐車場付き安宿。この寂れ具合、チープな外観、長期滞在している隣人が揉め事でも起こしそうな雰囲気!本来はルート66など内陸部の国道沿いにあるのが一般的らしく、私のイメージ通りの海沿いのモーテルを探すのは大変だった。だが、苦労したかいあってここは完璧だ。ここに泊まるためだけにわざわざイギリスから飛んできた価値は間違いなくある。渡された鍵を手に、私はモーテルの一番端の101号室の扉を開けた。
 「おぉ…!」
立て付けの悪いドアノブを開けた瞬間、ムワッと流れ出る室内で温められた空気。手探りで明かりをつけると、なぜか頭上ではなく奥の洗面所の明かりがつく。
 その内装はまさに私の描いた通りだった。絶妙に黄ばんだサイズだけはでかいベッド、幼い頃の母が使っていたようなドレッサー、水圧がありえないくらい弱いシャワー室。そして何より、窓の向こうにそのまま広がる白いビーチ!私はキャリーケースを部屋の隅に投げ出すと、ベッドに思いっきりダイブした。
「はぁ〜!私今…モーテルにいるんだ…」
 そんな当たり前の事実にも、旅のテンションが乗って妙に感動してしまう。深呼吸すると、シーツのパキッとしたノリの匂いが鼻に入る。
 するとしばらくして、遠くから地の唸るようなエンジン音が響いてきた。どうやらドアの向こうかららしい。新しい客がやってきたのだろうかと、窓から外の様子を覗き込む。
 そこには、二階建てくらいはあろうかという巨大なアメ車が停まっていた。轟音でエンジンをふかすフロントに、スパイク付きの物々しいタイヤ。車種はよく分からないが、黒いボディが太陽に反射して仰々しいくらいの存在感を放っている。
 そして足がつかないくらい高いドライブ席からは、髪とひげの豊かな屈強な男が降りてきた。何かのバンドのロゴTシャツをタイトに着こなし、腕には何かのタトゥーがびっしりと刻まれ、指先で何かのストラップがついたリモコンキーを回している。…総じて何なのかはよく分からないが、とにかくそれらから溢れるアウトローなオーラは全て彼にピッタリとはまっていた。
 思わず見入っていると、不意にその男はキョロキョロと辺りを確かめ始めた。窓越しにも彼と目が合いそうになり、思わず咄嗟に体をかがめて姿を隠す。少し待ってから、懲りずにそーっと再び外を覗き込んだ。
 すると彼はおもむろに、車のトランクから何か大きな物体を引っ張り出した。人の背丈くらいあろうかというその包みは、まるで人のようなミイラっぽい形に縛られている。それの人で言う足の所を引きずると、彼は周囲に最大限の警戒を払いながら隣の102号室へと入っていった…。
「いや、どう見ても死体じゃないか!」
 つい思ったことがそのまま口から漏れてしまった。え、もしかして幻?暑さで変な幻覚でも見たのだろうかと、付け忘れていたエアコンのスイッチを入れてひとまず冷静になる。しかしやはり自分の目に映ったものは疑いようがない。
「…盛り上がってきたぞ!」
 海沿いの寂れたモーテルに、治安の悪そうな客。そして真隣の部屋には隠された死体。まさに映画で見た通りだ!
 妄想に沸きたった血がアドレナリンを乗せて全身を駆け巡り、その場をぐるぐると歩き回る。鈍いモーター音で存在を主張してくる古いエアコンと冷蔵庫と蛍光灯。エアコンの送風口からはなんともカビ臭い匂いが漂ってくる。
 今宵、私は本当に映画みたいな体験をできるのかもしれない。抑えきれない好奇心に胸がときめいて、足をバタバタ揺らしてしまう。エアコンがブオンブオンと唸って、直接吹いてきた冷風が爪先を掠めた。

 

201号室
 「イジー先輩、この死体どうすんですかぁ。俺殺すので疲れちゃいましたよー」
スティードが泊まっている101号室のちょうど真上の部屋。そこには3人の男と、1つの死体が泊まっていた。不満たらたらなアイバンは、そう言いつつ血だまりを器用に避けながら足で雑巾を動かしている。
「ガタガタ言うな!さっさとその辺の海にでも捨ててこい」
 イジーと呼ばれた3人組のボスは、掠れた声を張り上げて不機嫌そうに腕を組んだ。化粧台の前の椅子を特等席にし、部屋中に漂う鉄臭い匂いに顔を顰めている。足元のファングは、血の染み込んだ新聞紙を慎重に畳みながら尋ねた。
「というか、コイツ誰なんですか?」
「しらん。ボスに命じられて殺しただけだ。別に誰だっていいだろ」
 部屋の中心、ベッドと化粧台の間の狭いスペースに転がった死体は、拷問の跡があちこち残るひどい状態だった。身体中はあちこち殴られた痕で赤や青に腫れ上がり、爪先は…いや、これ以上はよしておこう。よくあるパターンだが、コイツは組に借りた金を踏み倒そうとしたらしい。それでボスに目をつけられて、俺たちが送り込まれたってわけだ。
「でもコイツ結構デカいですよ?運ぶのも3人がかりだし、何か重石でもつけないと海に投げても浮いてきそうだし…」
 アイバンは死体の爪先をツンツン突きながら愚痴を垂れる。「あー面倒くせぇ」と派手にため息を吐く様子に、ファングも同調気味だ。イジーは乗り気でない部下に悪態をついて重い腰をあげると、二階の窓辺から外の様子を伺う。目の前のハイウェイは車どころか、猫一匹通りかかる気配がない。
「こんなクソ田舎とはいえ、誰かに見られないとも限らないだろ。さっさと始末してずらかる…ぞ…」
そう言いながら視線を下の方にやると、無人だと思っていた一階に人影があった。
 どでかい黒のSUVのハマーの横で一仕事終えたような顔をしてタバコに火をつけている、長髪で髭の男。ハーレーダビッドソンのロゴTシャツに、海賊を意識したような腕のタトゥー。ホットでセクシーで、何というか、一言で言うと…イジーのタイプど真ん中だ。彼は紫煙をくゆらすタバコをゆっくり吸い終わると、102号室へと入っていった。
「分かりましたよ、イジー先輩がそこまで言うなら…」
ブツブツ文句を垂れながら床の血をタオルで拭うアイバンとファングの方へ、イジーはくるっと向き直った。
「いや、どうせこんなクソ田舎まで追いかけてくる奴なんていない。もう少しここでゆっくりしよう」

 

202号室
 「ねぇジム、いくら聞き込みと言ってもこんなクソ田舎まで来る必要あった?」
「何だよ、久々の事件だぞ!オルワンデはやる気ないのか?」
3人の男と死体のいる客室。その真横の202号室では、背中に「FBI」と大きく黄色い文字の入った2人組がグダグダとくつろいでいた。
 一人はジム。エアコンのなかなか効かない室内にうんざりしながら捜査ファイルをうちわ代わりにしているが、警官帽は室内でも脱がないのがプライドだ。もう一人はオルワンデ。分かってはいたが何も入っていないモーテルの冷蔵庫に多少ガッカリしながら、持ち込みの缶コーヒーを二、三本その中に閉まっていた。
 数日前、彼らの管轄で実に数年ぶりとなる傷害事件が発生したとの連絡が入った。どうやら国道沿いで四十代くらいの男性が連れ去られたらしい。そこで上司からの命令を受けた二人は、行方不明となった男性の捜索のためにわざわざこの人気のない国道のモーテルまでやってきたのだ。
「僕だってやる気がないわけじゃないけど…車はボロいし、ここに来るドライブだけで疲れちゃったよ。途中で運転変わってくれれば良かったのに」
「え?お前って運転好きなんじゃなかったか?」
 あまりに悪気のなさそうな返事である。オルワンデは何か言い返そうとしたが、諦めてジムに背を向けて古びたベッドに寝転がった。彼らをはるばるここまで連れてきたのは、1階に停めてある中古のセダン。要はよくある型落ちの覆面パトカーである。
 「それにいくら被害者の双子の弟がうちの長官だからって、そんなに捜査に躍起にならなくてもいいと思わない?案外バドミントン検事はとっくに事故で死んじゃってたりして」
オルワンデはそう言いながら、今朝の長官の様子を思い出す。いつも署に来るたび周囲の人間に威張り散らしていたバドミントン長官が、今回ばかりは顔を真っ青にしていたのは正直面白かった。
「おいおい、ジャッキー警部に言われたこと忘れたのか?もし誘拐犯を見つけた場合は、射殺も許可されてるんだ!しゃ・さ・つだぞ?」
ジムはベッドサイドに転がしたセミオート拳銃を撫でると、ニマニマと口角を上げて弱気な相棒に見せつける。オルワンデはいつもサボり魔なジムが、今回妙にやる気に満ちている原因をようやく察した。
「…とりあえず、聞き込みでも行ってみる?」
「そうだな!まずは101号室からだ!」
そう提案すると、ジムは安全装置を外した拳銃を持ったまま鼻息荒く立ち上がる。ただ銃をぶっ放したいだけの相棒と、いるかも分からない行方不明者。これは面倒なことになりそうだなぁ、とオルワンデはため息をついた。

 

102号室 
 ビーチサイドモーテルに新しくやってきたホットでセクシーな客…エドワード・ティーチは大方の片付けを終え、ようやく一息ついた。ひげの間の汗を拭いながら、オンボロのコーヒーメーカーを動かす。
 何もないモーテルだが、眺めだけは良い。窓の外には人気のないビーチが広がり、そこに繋がる純白の砂浜は、長いカーペットのようにここに来た客たちを海へ招いている。SUVにギチギチに詰め込んできた『荷物』も、広さだけは無駄にある部屋に無事収めきることができた。
 ガタガタと一際大きく震えたコーヒーメーカーは、最後の一滴を絞り出して静かになった。視界に垂れ下がる後ろ毛をゴムでくくって、完成したインスタントコーヒーを啜ってみる。薄すぎてほとんど味がしないが、まあこんなものだろう。砂糖を足し、無心でマグを傾けていると、玄関からジーッとセミのようなドアベルが響いた。
 「こ、こんにちは、俺、上の階に泊まってるイジーです」
ドアを開けると、そこにはいかにもギャング然とした格好の男が立っていた。黒いレザージャケットに黒のタイトパンツと、全身黒づくめである。顔つきを見るに年上そうではあるが、身長は自分と比べると結構小さい。
「おぅ、何か用か」
「いやーちょっと、騒音が気になって…」
 何度もゴニョゴニョと口ごもるイジーという男は、目線を合わせようとしなかったり、変に遠慮した口調だったりとどこかよそよそしい。体の前に垂らした手を気まずそうに擦り合わせたりしている。
「騒音?俺は下の階なのに?」
「え、え〜とそうなんですよ、何度も天井に向かってジャンプしたり…しました?」
「は?俺はスーパーマリオかよ」
謎の質問に俺が眉をひそめると、イジーはへへっと下手に愛想笑いする。妙に顔も赤いし、急に早口になるところがますます怪しい奴だ。
 「いやぁ、何か音がした気がしたんですよ、おかしいなぁ…」
イジーはそう言いつつさりげなく室内を覗き込もうとするので、咄嗟に右腕を壁に当ててその視野をブロックした。そもそも今チェックインしたばかりなのに、上の階に響くほどの騒音なんて全く身に覚えない。何が狙いなんだ?
 …もしかして『荷物』を片付ける音を聞かれたか?
 そう察した瞬間、俺は反射的にガッと彼の首元に掴みかかった。
「それ以上余計な詮索するな。何か勘繰るような真似したら…分かってんだろうな」
背中を勢いよく玄関の壁に押しつけられ、イジーは衝撃に顔を歪める。バンッと派手な音がして、男一人分の体重をかけられたモーテルの壁が軋んだ。腹の底から湧く声で告げると、変な勘ぐりを入れてくる目の前の男を睨みつける。だがその時一瞬、イジーの瞳に喜びの表情が見えた気がした。
 「っす、すみません…」
妙に恍惚とした表情を浮かべたイジーは首を掴む力が緩められると、背中を丸めながらそそくさと退散していった。
 いや、何だったんだアイツ。俺はしばらく困惑したまま彼の後ろ姿を見守っていたが、我に帰ると涼しい室内へと戻った。テレビの横に放置され、すっかりぬるくなってしまったコーヒーを啜る。底の方で溶け残っていた砂糖の粒がザラっと舌に当たる。テレビでは聞いたこともないスーパーのローカルCMが流れていた。

 

101号室
 外からドアベルの音がして、私はぼーっと眺めていたローカルテレビを消した。まだピザは頼んでいないけど、一体何の用だろう。はーいと返事をしながら立ち上がって、パタパタと玄関へ駆け寄る。ドアスコープから外を覗くと、そこにはいかにもアメリカンな格好をした警官二人が立っていた。
 すごい、本物の警官だ!興奮に沸き立った私は、すぐにドアを開けた。
「突然すみません、FBIのオルワンデと申します」
 扉を開けた途端、出会い頭に眼前にずいっと警察手帳を見せられる。デカデカとした「FBI」の文字に、白黒の顔写真に、下部に光る金ピカのバッジ…小道具じゃない本物の警察手帳なんて、初めて見た。
「ジムです!怪しい男見ませんでしたか!」
さらに、後ろからもう一人の警官が警察手帳をさっさとポケットにねじ込みながら興奮気味に尋ねてくる。怪しい男…?唐突な質問に固まっていると、慌てて隣のオルワンデという警官が、愛想笑いで割って入ってきた。
 「いやえーとですね、この近くで先日男性の行方不明事件がありまして…何か些細なことでもご存じでしたら…」
精一杯フォローするオルワンデは、もう少し丁寧に挨拶してよ!と前のめりなジムを小声で諌める。勢いを削がれたジムは、不満たらたらな目つきで相棒を睨み返した。
 「あぁ、知ってるよ!」
さっきのアウトローな男の光景が、すぐに私の脳裏をよぎった。思わず目がキラッと輝いてパチンと両手を合わせる。なんてタイミングの良い警官さんたちだろう!思いがけない反応に、今度は警官二人の方が固まる番だ。
「隣の部屋の男が怪しい動きをしてたんだ。この目で見たよ!」
「本当ですか?!」
 今まではさっきの光景は幻だったんじゃないかなんて思っていたが、そんな話を聞いたら疑念は確証に変わる。やっぱりモーテルには事件がつきものなんだ!
 オルワンデは半信半疑な様子だったが、ジムの方は待ってましたとばかりに話に食いついてきた。何故か勢いよく拳銃を引き抜いたのを、オルワンデに優しく戻されている。
「一緒に見に行ってみる?」
「あぁ!すぐ行こうぜ…じゃなくて行きましょう!」
 ジムとスティードのハイテンションは同調し、二人はスキップでもしそうなく勢いで勇み出す。さらに面倒なことになりそうな様子に、オルワンデはまた大きくため息をついた。

 

201号室
 おもむろに部屋を飛び出していったと思ったら妙に熱っぽい様子で帰ってきたボスを、ファングとアイバンはそポテチをつまみながら迎えた。そして、二人は長々とイジーの惚気話を聞かされることになった。あの豊かな髭と長髪が男らしい強さを体現しているだとか、ああいう男こそ組織のボスにふさわしいだとか。二人とも途中からはローカルテレビを眺めて残りのポテチを消費しつつ、適当に相槌を打っていた。
 「いや先輩ベタ惚れじゃないっすか」
「ドSで悪そうな男って確かに先輩の趣味ど真ん中だもんなー」
「ていうか会話の持っていき方下手くそすぎでしょ」
「うるせぇ!」
 イジーはやいのやいのと投げられる野次をかき消すように叫んだ。しかし、その頬がりんごのように赤くなっているのはちっとも隠せていない。(すっかり存在を忘れられているが)未だに床に転がっている死体を避けると、イジーは洗面所の鏡でポーッととろけたままの自分の表情を引き締めた。
 「しっかし、長髪でひげが長い強面の男かぁ…何だか黒ひげみたいですね」
ファングは最後のポテチを袋ごと流し込むと、ぼんやりとそう呟いた。その瞬間、イジーはガンと頭をカナヅチで打たれたように鏡の前で固まる。
「そうかぁ?黒ひげって身長が2mあって、髪とひげが真っ黒なんだぞ?イジー先輩よりデカいとはいえ2mはないだろ。それに話聞いた限り毛も黒というよりグレーじゃんか」
ファングのそんな思いつきに、アイバンはポテチの袋をぐしゃぐしゃと丸めながらツッコむ。だが、そんな言葉は届かないイジーの思考は既にフルスロットルで発進し始めていた。
 黒ひげ。彼らが所属するギャングであるクイーン・アンズ・リベンジズのトップと言われているが、未だその姿を見たことのある者はいない伝説的な存在。喧嘩に100人連続で勝ったとか警察を1000人病院送りにしたなんて囁かれ、ただ『黒ひげ』というあだ名だけが通っている。
 「そうか…彼は黒ひげで、俺たちの仕事の様子を隠れて偵察しに来たんだ」
イジーはそう言うと何かに目覚めたようにスックと立ち上がった。ぼんやりとひげを撫でる視線はあさっての方に向いている。はずみで小指を思いっきり踏んづけられた足元の死体からはグニュッと嫌な音がした。
 「あーあ、ファングが余計なこと言うから」
「えぇ?俺のせいなの?」
こうなってしまうと、彼の暴走は誰にも止められない。「こんな三下の仕事を伝説のボスが観に来るわけなくない?」と言いながら、ファングは二袋目のサワークリームオニオン味のポテチに手を出す。
「俺の直感が外れたことがあるか?!間違いない、彼こそあの黒ひげだ!」
 イジーの中ではいつの間にか確証が生まれたらしい。すっかり黒ひげの魅力に取り憑かれた男は、拳を握り締めそう堅く宣言した。今回はどこまで続くのか、二人の部下(と死体)はそんなボスを生暖かい目で見ていた。

 

102号室
 二人の警官と戦略を練った後、私はジムとオルワンデを102号室の前まで引き連れやってきた。満を持してクリーム色の塗装が剥がれかけたドアの前に立つと、二人は停められた巨大な車の背後にさっと隠れる。
 重要な事件の容疑者とはいえ、いきなりどう見ても警察の見た目をした二人が訪ねてきたら警戒されてしまうことは間違いない。そのためまず、一般人である私が部屋の中の様子を探ってほしいとオルワンデに頼み込まれたのだ。
 後ろの二人と相槌を打って、深呼吸してからドアベルを長めに押す。ジーッと昔の電話機のような単調な音が響いた。しばらくすると、部屋の奥の方からどすどすと乱暴な足音が寄ってきた。
 「しつけぇぞ!!また何か用…か…」
扉の中から、グレーの髪と髭の男性がものすごい剣幕でバンッと現れた。叩き壊すような勢いで開かれたドアの風圧で前髪がはためき、思わず固まってしまう。
 「えっと…はじめまして!私は隣の101号室のスティードだ」
「お…おう。エドワードだ」
最初は多少驚いたが、エドワードと名乗った男性は私の顔を見るなりキョトンと目を丸くした。とりあえず友好の証として握手を求める。黒い指抜きグローブの間から伸びる5本の指は、差し出した手をぎこちなく握り返した。
 後から言えば、スティードはイジーより一枚上手だった。
 「あぁ、ちょっと私の部屋の水が出なくなっちゃってね…シャワーを貸してもらえないかと思って」
そう言って、左手に抱えたタオルと着替えを持ち上げてみせる。アロハ柄のパンツと白くふわふわと上質なタオル、それに「I Love Pitates」と書かれたTシャツを乗せたセットだ。エドワードはしばらくそのバス用品と私を交互に見つめて何かを考えていたようだったが、最終的には眉間にグググと皺を寄せつつ首を縦に振った。
 「いいぞ。ただ…ちょっと部屋が散らかってんだ。片付けるまで少し待っててくれねえか」
そう言うなり、部屋のドアはバタンと閉められた。すぐに内側からドガン、ガシャッ、ゴトゴトゴトッ!とけたたましい音が鳴り響く。ふふっ、きっと今頃死体を必死にどこかへ隠してるんだろう。
 スティード自身、とんだ危ないことをしているとは自覚していた。しかし、己の好奇心が抑えきれないのだ。モーテルの隣の部屋に死体を隠している男がいるかもしれないなんて、こんな映画のような機会をみすみす逃すわけにはいかないじゃないか!少し浮き足立つような心持ちで、私はエドワードが証拠隠滅を済ませるのを待った。
 「待たせたな、スティード。入っていいぞ」
しばらくして部屋が静かになると、ガチャリと開いた扉からエドワードが肩で息をしながら出てきた。ありがとう、と会釈しつつこっそり後ろの警官二人にアイサインを送る。隠れて様子を見守っていたオルワンデは早く行って!と必死に口パクするが、ジムは良い顔で高々とサムズアップをしてくれた。私は、意を決して殺人容疑者の部屋へ踏み込むことにした。

 

102号室 野外
 「なんであの人、あんなウキウキしてるんだ…」
とめどなく額から流れてくる汗をハンカチで拭いながら、オルワンデは本日何度目か分からないため息をついた。日陰の一切ない駐車場に容赦なく照りつける日差しは、通気性など考慮されていない警官服とこの上なく相性が悪い。
「捜査に協力してくれるんだから、別にいいだろ?」
ジムはガンホルダーの辺りに手をやって、今にも室内に飛び込みそうな勢いでソワソワしている。この炎天下ではジムのつばの広い改造警官帽さえ羨ましく思えるくらいだ。
「にしても、だいぶ心配だけどね…」
 スティードが「ぜひ私が捜査に協力しよう!私がまず率先して彼の部屋を調査するよ!」とやたら通りの良い声で高らかに宣言した数十分前を思い出す。彼はいたって紳士的なのに、どうも妙なところで押しが強い。ジムもなぜか「それ面白そうだな!」とあちら側についたので、最終的にはそんな素人の説得に押し切られてしまった。だが一般人を捜査に巻き込んでしまってよかったのだろうか。いやよくない。オルワンデは早速自分の流されやすさを反省し始めていた。
「大丈夫だって!いざと言う時は撃っちまえばいいんだよ」
ポロッとそんな物騒な考えを溢すジムに、オルワンデはジトっと白い目を向けるしかなかった。
 そうしてしばらく様子を伺っていると、後ろの階段からカツカツと金属の響く音が響いてきた。オルワンデたちが振り返ると、ニ階から降りてこようとしていたアイバンとファングと目が合う。アイバンは背中にでかでかと『FBI』の文字を背負った連中を見た瞬間、180度Uターンしようとした。だがファングが気さくに「こんちはぁ!」と声をかけてしまったので、後ろのバカに舌打ちして仕方なく階段を下る。
 「もしかして、お隣のお客さんですか!」
自分たちの202号室の隣から出てきた彼らにシンパシーを感じたのか、オルワンデは人が良さそうに笑いかける。見た目は少々ワルっぽいが、これくらいの男はアメリカにはどこにでもいるだろう。
「あ〜そうなんですよぉ、こんな田舎にも治安維持に来てくださってありがとうございます。何かあったんですか?」
 ファングも警官に負けず劣らずの大型犬のような笑顔で、さらっと奴らの目的を聞き出す。数時間前男の歯を一本一本アレしていた男の顔には思えない。こういう時、アイバンはつい自分の相棒に感心してしまう。
 「ふふん、ある男の死体を探しててな。テニス検事だったか?」
ファングの思惑通り、見事に釣られたジムは得意げに捜査情報を漏らした。
「ジム、まだ死んだとは限らないだろ!あとそういう情報を勝手に喋っちゃだめ!」
それとテニス検事じゃなくてバドミントン検事なんだけど、とも言おうとしたが、ジムは何がいけないんだとばかりに怪訝そうである。面倒になったオルワンデは開きかけた口を仕方なく閉じた。
 「へ、へぇ〜そうなんですね!お仕事頑張ってください!」
「おぅありがとな!お前らも頑張れよ!」
一体何を頑張るのか知らないが、市民たちから温かい言葉をかけられたジムは上機嫌にそう返す。アイバンとファングはお得意の愛想笑いを警官たちに精いっぱい見せると、せかせかと足早にその場を立ち去った。

 

102号室
 いよいよエドワードに招かれて入った室内のつくりは、私の部屋と全く同じだった。古びた壁紙にかけられた南国の絵まで、同一のものが101号室にもかけてあった気がする。
「わぁ、ずいぶん綺麗にしているねぇ」
掃除したと言うだけあって、室内は非常にこざっぱりしている。備え付けの家具たちと、部屋の隅の方に無骨なトランクケースが転がっているくらいだ。エドワードの私物らしきものはそれ以外ほとんど見あたらない。テレビの横でぬるくなっているコーヒーカップの周りには、スティックシュガーの袋が散らばっている。
 このモーテルの中で一人分の死体を隠せるようなスペースといったら…やっぱりあそこしかないだろう。
 「で、えーとシャワー室はどこだっけ…」
「おいそこはトイレだろ。それは化粧台…場所わからねぇのか?」
がちゃがちゃとあちこちのドアを開け閉めしていると、後ろからエドワードに不安そうに尋ねてくる。ごめんよ、本当は洗面台の右側だって知ってはいるんだ。
「うーん、私も今チェックインしたばかりだから、このモーテルの仕様はいまいち分からなくて…」
 とぼけた演技を続けながら、横目でチラッとウォークインクローゼットを覗き見る。部屋の中でも一際大きなホワイトの扉の隙間からは、何か柔らかそうな赤い布地がはみ出ていた。間違いない!
「あぁ、ここかな?」
そんな口ぶりで私がおもむろにウォークインクローゼットの方へ突進すると、ギョッとしたエドワードは焦って私の腕を掴もうとした。
「おい!?そこは…!」
だがその伸ばされた手をするりとくぐり抜けると、私は死体の隠された扉に手をかけた。

 

201号室
 小走りで部屋に帰ってきたアイバンとファングが扉を開けると、そこにはすっかり腑抜けになってしまったイジーがいた。
「…イジーせんぱぁい、帰ってきてください」
 付けっぱなしになっていたテレビのスイッチを切って、ファングはベッドにうつ伏せで沈み込んでいるイジーを抱え起こす。ぽやーっと締まりのないボスの顔には、シーツの皺がくっきり写ってしまっていた。
「つかやべーな…隣の部屋がポリ公とか洒落にならないだろ…」
 アイバンは使い物にならなくなったボスは放置し、さっきすれ違った警察たちのことを思い返していた。テニス検事とか言うのが目の前の死体のことを指すのかは知らないが、奴らに死体を見つけられたら終わりなことには変わりない。
 「イジー先輩、どうするんですか?」
「え?黒ひげさんとどうお近づきになるかって?」
アイバンとファングは一応ボスに今後の計画を聞いてみる。だがイジーの意識は目の前の死体処理から離れ、一目惚れした男の方へ羽ばたいて行ってしまっているらしい。
「ちげーよ!この死体どうするかって話ですよ!もうちょっと腐り始めてますよコイツ!」
 部下たちは床に転がる死体を指差してやいのやいのと怒鳴った。確かに転がったままの死体は、血の鉄の香りと共に既に何か嫌な匂いを発し始めている。
「いや〜〜でも、もう少しここでゆっくりしても良いんじゃないか?」
イジーの眉はクッタリと垂れ下がったままだ。いかに彼の脳内が今黒ひげでいっぱいなのかが手に取るように分かる。アイバンは舌打ちするとずかずかとボスの元へ歩み寄り、目の前でパン!と勢い良く手を叩いた。
 イジーはその音でようやく我に帰ったらしい。瞳をパチパチとさせると、初めてすぐ隣にいたアイバンの存在に気づいた。
 「とりあえず、今夜海に捨てますか?」
「…あぁえーと、それでいいだろ、うん」
ノロノロとベッドから起き上がったイジーは、そうだ、それがいいとうつろに呟く。その生返事を聞いたアイバンとファングは、手際よく頑丈な鉄鎖で死体をぐるぐると縛り始めた。

 

102号室
 「…タコ?」
俺の静止も振り切って、スティードは勢い良くウォークインクローゼットを開いてしまった。
 中からは、大きな赤いぬいぐるみが顔を出した。それは真っ赤な布地のボディに、八本の足の先まで細かくついた吸盤。彼の身長を超えるくらいのとびきりサイズ。二つ縫い止められた青いビーズの瞳に反射して、狐につままれたようなスティードの顔が映っている。
「…見やがったな」
 俺みたいなむさ苦しい男が、こんな巨大なタコのぬいぐるみを連れてこないと旅先でも眠れないなんて。そんなことは誰にも知られるわけにはいかない、このよく分からん男も見逃すわけには…拳を握りしめて、一歩踏み出したその時。
 「とっっっても可愛いねぇ〜!」
スティードはそう言うとギュウっとぬいぐるみを抱きしめた。振り返った彼の目はメロメロのハートになっている。可愛いだって?
「すごく大きくて触り心地も…ふわふわじゃないか!君のお友だちかい?」
あっごめん、思わず勝手に触っちゃった、と体をパッと離してスティードは恥ずかしそうにはにかんだ。躊躇いもなくタコのぬいぐるみを“お友だち”と呼ぶ彼に、自分の中の毒気がみるみる抜かれていくのを感じる。
 「あ、あぁ、クラーケンのクラちゃんだ」
やたらでっかいタコのぬいぐるみ…もといクラちゃんは、俺がガキの頃からの相棒だ。何十年もそばにいたおかげで流石に生地はくたびれてしまったが、それでも何とも言えない表情はかつてのままである。
「変じゃないか?俺みたいな男がこんなでっけえぬいぐるみ持ち込むなんて…」
 触手の先をしげしげと観察している彼に、俺は恐る恐る尋ねた。昔友人の家に泊まった時、男のくせにぬいぐるみを一緒に連れていこうとした記憶がよぎる。親友だと思っていた奴らもみんな、クラちゃんを抱える俺を見て腹がよじれるほどに大笑いした。それ以来クラちゃんを持ち運びする時は、包装紙とガムテープでグルグルに縛って隠すようになったのだ。
 「え?まぁ私が想像していたものとは違ったけど…君にとっては大事な存在なんだろう?」
それになかなか良いセンスをしていると思うよ、と微笑んだスティードはクラちゃんの触手と握手してみせる。
 なんだか体の裏側の方が、じわじわと熱くなってくるのを感じる。俺はツカツカとクローゼットに近寄ると、この変な、いやとても暖かい男ごとクラちゃんにハグした。
「…ありがとなスティード」
「いや、いいんだよ」
ぎゅうっとタコのぬいぐるみとエドワードに挟まれて、スティードは若干苦しそうに呻いた。
 「…ところで、シャワーは借りなくていいのか?」
「君こそ、つまり死体は隠してないってことかい?」

 

モーテル前 浜辺
 その日の夜。モーテルのすぐ後ろに広がるビーチを散歩しながら、スティードとエドワードは会話を交わしていた。穏やかに揺れる水面には夜空の星々が鏡のように映り、暗い海辺を照らしている。
 すっかり互いの誤解が解けた彼らは、すぐに親しくなった。映画のような何か新しい出会いを求めてアメリカまでやってきたこと、最初はクラちゃんを運ぶ様子を見て死体を持ち込んだのかと思っていたことをスティードはイキイキと語る。エドワードはそれを顔を綻ばせたり目を丸くしたりしながら聞く。不思議なくらい二人は波長があい、スティードは彼を「エド」と呼ぶようになった。
 「…それでクラーケンが好きになったんだ。船も飲みこんじまう海の怪物。強くてかっこいいだろ?」
やがてそこらに転がっていた流木に腰掛けたエドは、幼い頃の海に憧れた記憶を語って聞かせた。4歳のクリスマスのプレゼントに、馬鹿みたいに大きなタコのぬいぐるみをお願いした時のことも。
 「なるほどねぇ。エドの話はどれも聞いていて飽きないよ」
「俺だってそうだ。お前の話を聞いてると、あの寂れたモーテルも最上級のホテルに思えてくる」
エドはガタガタのコーヒーメーカーや一向に来ないピザの配達にいちいち感動するスティードの語り口を思い返す。ずいぶん面白い男もいたもんだな、とエドはくすくす笑った。
 そうして二人が他愛のないことを話していると、しばらくして後ろから何人かのがなり声が近づいてきた。
「アイバン!ちゃんと足を持て!」
「持ってますよ!でももう色々腐ってデロデロなんですもん!うぇ〜きったねぇ」
 二人が声のした方を振り返ると、モーテルの裏口に何かを大きなものを運ぶ三人組がいた。二人が何かを運び、もう一人が辺りを警戒しながら彼らを率いている。手には拳銃を携え、しきりに辺りを警戒しているようだ。スティードは首を傾げて暗がりに目を細める一方、エドワードはギョッとして咄嗟に身を隠そうとした。しかし運悪く、砂浜の枯れ木がスティードに踏まれてパキッと音を立てる。
 「誰だ!」
イジーはすぐ物音に気づくと、反射的にこちらに銃をぶっ放した。バァン!と派手な爆発音が静寂に包まれた夜の浜辺に響き渡る。
「ヒィッ!?」
生まれて初めて聞く銃声に思わずスティードは飛び上がって甲高い悲鳴をあげた。銃弾は二人のすぐ横の植木を真っ直ぐ撃ち抜いたようだ。
「危ない、スティード!」
 エドは咄嗟にスティードの身を守るように立って叫ぶ。しかしその声はイジーにとって聞き覚えのあるものだった。彼は硝煙の匂いを醸す銃を下ろすと、途端にニコニコして二人の元へ近寄ってきた。
 「あぁ黒ひ…102号室の方!いやいや失礼しました」
エドワードが黒ひげだという確信を一応誤魔化している口ぶりだが、イジーの彼に向ける尊敬に満ちた眼差しは隠しきれていない。なんで死体を運んでる途中でわざわざ人に話しかけに行くのかと、荷物を抱えたままのファングとアイバンは口をパクパクさせて必死にボスを手招きする。
 「エ、エド…?お知り合いかな?」
「いや知らん。確か上の階の奴だ」
こちらに寄ってくる物騒極まりない男に、スティードはエドの後ろに半ば隠れながら尋ねた。イジーも憧れの黒ひげを「エド」と呼ぶ得体の知れないブロンドの男に気づき、一気に態度が悪くなる。
 「エド…?なんだ、もしかしてデート中です?」
「俺たちはただ二人で浜辺にいただけだ。何も見ちゃいねえ」
口角だけ吊り上げて皮肉を吐くイジーに、スティードは思わずムッとする。エドも少し険しい顔になったが、努めて冷静にそう返して目を逸らした。スティードはそこでようやく、波打ち際で足を濡らしている男たちが抱えているものの正体に気づいた。
「えっ…あれってまさか、人の死体!?」
 スティードは再び夜の浜辺中に響き渡るくらい素っ頓狂に叫んだ。コイツ言いやがった…とエドはじっとり彼を振り返る。
「あーもう、やっぱりバレたじゃないですか」
 呆れたファングとアイバンは、うんざりしながら罵言を吐くと死体を持つ手を離した。どさっとソレは砂浜に落ち、きめの細かい砂粒を巻き上げる。ぐるぐるに巻かれたブルーシートが剥がれて、中から目にナイフがぶっ刺さった男が顔を出した。死体とばっちり目が合ったスティードは、今度は声もうまく出ずに短めの悲鳴を上げる。
 「見られちまいましたか…あなたはともかく、そっちのひ弱そうな男は消えてもらうしかねぇな」
犯行現場が目撃されてしまったイジーは、実にギャングらしい台詞を言って二人へ向き直る。そしてスティードを小馬鹿にしたように鼻で笑うと、カチャッと銃の安全装置を外した。自分から見られに来たようなものではあるのだが。
 しかし、その言葉でエドワードの様子が変わった。
「は?スティードが何だって?」
エドワードはその大きな目を見開いて、イジーを射殺さんばかりに睨みつけた。その気迫にイジーは思わず足がすくみ、銃を持つ手を緩める。スティードも若干震え声ながら、イジーをビシッと指差して叫んだ。
「ぎ、ギャングのくせに詰めが甘いのは君たちの方だろ!映画に出てくるギャングは死体処理を見られたりしないよ!」
 なんで銃を持ってる俺の方が詰め寄られてるんだ、と困惑しつつ、イジーは二人の勢いに気圧されてずり下がった。夜の海辺になんとも言えない緊迫した空気が張り巡らされる。二人と三人と一体はお互いを睨み合って完全に膠着した。
 するとそこに、唐突に目が眩むほどの光が当てられた。
「ふわぁ…警察で〜す、何かありましたか〜」
「オルワンデ、今の銃声だったよな?な!?」
 イジーの発砲音に気づいた二人の警官が、懐中電灯を手に小走りで歩いてきたのだ。事件の匂いに興奮気味なジムは警官帽を目深に被り直す。オルワンデはパジャマ姿の重たい目を擦りながら、強烈なライトでビカッと浜辺を照らした。そこには見覚えのある客たちと、なんだか死んでいそうな男が転がっていた。
「あれ?」「お?」
 いや、よく見ると目にナイフが突き刺さってる。確実に死んでる。それは紛れもなく、二人が探していたバドミントン検事だった。アイバンとファングは数秒固まってから散り散りにダッシュしようとしたが、ジムは瞬時に腰から二丁拳銃を取り出した。
 「大人しくしろ!死体遺棄容疑で現行犯逮捕する!」
「ジム、持っていい銃は1丁までってこの前言ったでしょ!」
念入りに磨かれた見事なワルサーPPKの銃口が輝かしい。オルワンデとの約束を破り、こまめに手入れしてきただけはある。丸腰のアイバンとファングは互いに目を合わせると、大人しく両手を上げて降参した。
 「クッソ!なんで警察がいやがるんだ!」
イジーは二人の警官に歯噛みしながら拳銃を構えようとする。だが、それもすぐオルワンデが後ろ手を掴んで組み伏せてしまう。砂浜に思いっきり顔面から倒され、上から完全に押さえつけられたイジーは思わずグエっと呻いた。
「く、黒ひげさん!助けてください!」
 しかしそれでも観念しきれないイジーは、地べたから視界の先の黒ブーツの彼に何とか助けを求めた。目の前で警察に派手にねじ伏せられる男に、スティードはだいぶ引き気味である。そんな足元でジタバタする男へ、エドワードは首を曲げると片眉を歪めて見下ろした。
「黒ひげ?…誰だソイツ」
 イジーの顔は、ようやく諦めの色に変わった。
 その後がっくり項垂れたイジーと彼の二人の部下(あとバドミントン検事)は、大人しくジムとオルワンデによってパトカーへと連行されていった。
「殺人犯、本当にいたんだ…」
遠ざかっていくサイレンを眺めながら、スティードはぼんやりとそう呟いた。

 

レストラン
 翌朝。モーテルのレストラン…といっても、ドリンクバーとレンジとワッフルメーカーがあるくらいだが…で、スティードとエドは向かい合って簡単な朝食を食べていた。
 小汚いドリンクバーから出てくるミルクは妙にぬるいし、食洗機の皿のように並べられているパンは当然のようにパサパサだ。スティードが焼くのに失敗したワッフルは、ところどころ穴が空いてスカスカになってしまっている。それでも彼は「これこそモーテルだね!」と言って嬉しそうだ。
 「それにしてもあの三人組、無事捕まって良かったねぇ」
「あぁ、おかげでモーテルも貸切状態だしな」
二人が辺りを見渡してみても、周囲にスチール製のテーブルの前に座っている人は他に誰もいない。昨夜のドタバタで、元々少なかった客はみんな出て行ってしまったらしい。
 「そういえば、あの男が言ってた”黒ひげ”って何だったの?固有名詞?」
メープルが穴の隙間からこぼれ落ちるワッフルを頬張りながら、スティードは昨日の悪党たちの言葉を思い出す。食べている料理はチープだが、ナイフとフォークを上手に使いこなすそのテーブルマナーはやたら丁寧だ。
「あー、俺もぼんやりしか聞いたことないが、この辺じゃ有名なギャングのボスだ。誰も正体を知らないらしい」
 コーヒーに7本目のスティックシュガーを流し込んだエドは、そう言ってポリポリとひげを掻く。それこそ映画のようなその話に、スティードはすぐに瞳をくりっと輝かせた。
「それはすごいね!詳しく聞かせてよ」
 「いや〜、でも俺は、そんな奴本当は存在しないと思うけどな」
スティードのあまりに爛漫とした視線がちょっと眩しい。エドはしきりに髪やひげのあちこちを手でいじりながら視線を逸らした。
 「どういうこと?」
「リーダーになって強い信頼を集め続けるのって、結構大変だと思わないか?」
スティードの質問に、エドはフォークを指揮棒のようにピンと立ててみせた。最初は眉間をギュッとさせていたスティードも、まあその通りだと神妙に頷く。
 「だったらいっそ、まるっきり架空のボスを作り上げちまった方が何かと都合がいい。周りの奴らは勝手に色々と想像して、思い思いに理想のボスを信じるだろうよ」
それだけ言い終わると、エドはバターが雑に塗られたトーストにかぶりついてもしゃもしゃと咀嚼した。
 存在しない理想のボスを作り上げて、周囲の尊敬を集める。実によく練られた考えだ。スティードは思わずほーっとため息をついてしまう。
「もし本当だったらすごいねぇ……」
全くだ、とエドはグラニュー糖が底の方でざらつくコーヒーを啜る。自分たちの他には誰もいない食堂で、スティードはないしょ話みたいに息を潜めて尋ねた。
「それじゃあ、君がその”黒ひげ”を作り出したのかい?」
「…さぁな?」
 窓の外では、寄せては返す波とカモメの鳴き声が浜辺にこだましている。今日もこんなド田舎のモーテルに客は来そうにない。