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偽騎士道物語 / Fake Chivalric romance

Summary:

イジーの闇が深い話(本人自覚なし)
本編より前、黒ひげとイジーがアン女王のリベンジ号で活躍していた頃の話です。
This story depicts the past Blackbeard and Izzy from the main story.

Izzy is NOT a princess.

Work Text:

偽騎士道物語

 

 目を覚ますと、すぐ全身を焼けるような痛みが走った。身体中が軋んで、蝶番の壊れたドアのようにぎこちない。右腕を上げようとして、初めてそこがガチガチに縄で拘束されていることに気づいた。
 「よぉ、目覚ましたか。イジー・ハンズ」
目前には趣味の悪いペイズリーのターバンを巻いた男。他にも数人の海賊たちが柱に立ったまま縛りつけられた俺をニヤニヤと取り囲んでいる。樽や縄がごちゃごちゃと積まれた小部屋は薄暗く、潮風のせいで壁紙は今にも剥離しそうだ。ゆりかごのような波が此処を足元から揺らしていることから、海上であることは間違いない。
 「…ここはどこだ」
「おいおい、捕まったことぐらい見りゃ分かるだろ?」
その言葉に、ふとこれまでの記憶が思い起こされる。
 何ヶ月か前に壊滅させた海賊団の残党が最近怪しい動きをしているから、探りを入れてくれとボスに頼まれてから数週間。確か意識を失う前は陸の飲み屋街で奴等の動きを張っていた。路地裏に入った途端鈍い痛みと共に視界が黒くなって、次に目を覚ますとここというわけだ。
 「黒ひげの野郎には散々痛い目に合わされたからな。見せしめに奴の右腕の首でもマストに吊るしてやろうと思ってよ」
「怖けりゃ命乞いしても良いんだぜ、お嬢ちゃん?」
海賊たちはスカスカの歯の隙間から唾を飛ばしながら、下品に嘲り合う。どこの出かも分からないほどの酷い訛りだ。
「あぁ、怖いよ。…お前らのグロい死に様を見るのがな」
 狭い物置に瞬間沈黙が流れた後、一斉にドッと下卑た笑い声が響き渡った。だが俺は強い視線を緩めぬまま、腹を抱えて笑う連中を一人一人睨みつける。
「お前は口がでけえから舌引きずり出されそうだな。お前は気付いた時には片足無くなってるだろうよ」
 すると壁を破らんばかりの爆笑が収まり、奴等がようやく態度を変えた。
「強がんなよ、このガキが!」
こめかみに血筋の浮いた男が拳を振り上げたかと思うと、腹部に中身が丸ごと飛び出るような激痛が駆け、思わず呻く。別に強がってなんかいねぇんだけどな。俺のボスはそういうことが好きなんだよ。
 もう一度男が硬く右手を握りしめ、一直線にこちらへ殴りかかってきたその時。
 ドカンという轟音と共に、岩に衝突でもしたかのように激しく船体が揺れた。
「なんだ、砲撃か!?」
「まさか、この場所が気づかれるはずねぇだろ!」
海賊たちが動揺する間にも二度三度と大きな衝撃が起こり、船が大きく傾く。すぐに頭上の甲板では怒号と悲鳴がブレンドされた騒音が鳴り始めた。連中はゴクリと喉仏を鳴らして、腰の短剣に手を当てた。どうやらもうやって来たようだ。
 次の瞬間。バキッと天井を突き破って階段の出口が開かれ、晴れやかな空が顔を出す。同時に腹にナイフがぶっ刺さった男がゴロゴロとそこを転がり落ちてきた。階段に出来た血の道に連中が金切り声を上げると、見知った黒ひげの部下たちが一斉に雪崩れ込んでくる。
「うわああぁ!?」「助けてくれェ!」
最強の海賊団に襲い掛かられた男たちは次々と床に崩れ落ち、しばらく経つとそこには死体と血の香りだけが残った。
 やがて船に静穏が戻ると、重たいブーツの足音と共にあの人の影が階段から真っ直ぐ伸びる。
「ボス、来てくれたんですね!」
俺は感嘆の声を上げるが、黒ひげはそれには応えない。行儀良く躾けられた部下たちの間を抜けて俺の元へ歩み寄ると、黙って淡々と巻き付けられた縄を解いていく。だが途中からは苛立ったように舌打ちすると、残りをよく研がれたナイフで乱暴に切り落とした。
 「助けてくれてありがとうござ…ぐはっ!?」
「このクソ野郎が!!」
ようやく全身の拘束が解け自由になり、黒ひげにお礼を言おうとした途端、思いっきり顔面を右拳でぶん殴られた。口中に広がった鉄臭い液を味わう間もなく、信じられない程の力で胸ぐらを掴まれる。
「俺がどんな思いしてここまで来たか、分かるか?」
 静かに憤慨する黒ひげの瞳は、石油のように濁っている。やはり洋上のど真ん中に浮かぶ船を特定するのは大変だっただろうか。俺のレザーの胸元を握る手が微かに震えているのは、怒りからだろうか。
「…すみません」
「手間かけさせやがって。…次ヘマしたら見殺しにしてやるからな」
そう言うと黒ひげは、ニィッと不敵に口元を吊り上げた。その邪悪な笑みはしかし、人を海中へ誘い込む人魚のようでもある。その魅惑に当てられた俺は頬の痛みも忘れ、クラクラした頭を何度も縦に振った。

 甲板に上がると、もはや生きている敵は誰もいなくなっていた。辺り一面には死体が浜辺の流木のように転がり、皆一様にポカンと虚空を見つめている様子は滑稽でもある。
「すげぇ、一瞬でこんなに…」
「別に大したことない。全員足ガックガクに震わせてたぞ」
死体の間を縫うように歩く黒ひげは、足元のだらんと垂れた腕を蹴飛ばしながらシニカルに笑う。
 「キャプテンはどれくらい殺したんですか?」
部下たちは彼らから抜け目なく金目の物を漁っているようだ。事前に調査した通り、どうやら相当貯め込んでいたらしい。最後の景色が黒ひげの笑みとなった幸福な連中はどいつだろう。そいつは間違いなくめでたく地獄行きだ。
 「いや、俺は殺してない」
「は?」
つい素っ頓狂な声が出て、立ち止まってしまった。黒ひげは振り返ると、少しバツが悪そうに髭をポリポリと掻く。
「あー、人殺しは主義に反するんだ」
最強の海賊たる黒ひげともあろう方が、何を言っているんだ?唐突な言葉に、思わず眉がピクっと反応する。俺の怪訝な視線を察したのか、黒ひげはすぐにいや、その〜と言葉を濁した。彼の丸い目玉が忙しなく右往左往する。
 「それに〜…そう!俺が殺したと言うより、こいつらが勝手に突っ込んできたんだよ。それで勝手に死んだ」
そう言ってボスは大袈裟に肩をすくめてみせた。同時に足元に転がる男が指先を踏んづけられ、グニュッと嫌な音を立てる。
「…なぁんだ。全く、ボスは相変わらずですねぇ」
 どうやら勘違いだったようだ。俺がため息混じりに笑うと、黒ひげも屈託なく笑い返す。こういうところが、俺がこの方に着いていこうと思える所以なのだ。

 

 翌日。夜通し船を漕いで日がまた登った頃、俺たちは大量の土産を持ってやっとアン女王のリベンジ号に帰還した。甲板に上がると、すぐ酒臭い一人の船員が豪快に肩に手を回してくる。
「大丈夫だったかぁ、イジー!」
 黒ひげが留守の間船を守っていた、クルーの中でも古参のジャックである。いつも片手には質の悪いラム酒を抱えているが、今日もその例外ではない。
「えぇ、おかげさまで」
「そうかぁ、そりゃ良かった!」
彼は若干呂律の回ってない口調で俺の背中をバンバンと思いっきり叩いた。疲れの抜けきってない身体を盛大に迎えられ、つい眉間に皺を寄せる。
 そういえば、ジャックは黒ひげとかなり昔から面識があるはずだ。持ち帰った財を運ぶ部下を横目に、俺は昨日から燻っていた疑問をこの酔いどれに投げかけた。
「なぁ、昨日黒ひげが“俺は人は殺さない”って言ってたんですよ」
 ジャックは何度か瞬きすると、明後日の太陽の方へ視線を向けながらあーとしゃがれた声で唸った。
「確かにあいつは昔からそうだな」
「何でなんすか?」
「さぁな。言いたくない理由でもあるんだろ。本人に直接聞いて見たらどうだ?」
まあぶっ飛ばされるだろうけどな!と叫ぶと、ジャックはその赤ら顔を笑い皺でくしゃくしゃにした。背中をまたありったけの力で叩かれ、一瞬咽せかける。
 「いや、理由は興味ないんですよ。俺はただ怒ってるだけだ」
最強の海賊ともあろう黒ひげが人一人殺すのさえ躊躇するなんて、突然カメが立ち上がって走り出すくらいおかしな話だ。ジャックは若干当惑したような笑い方をすると、手元の酒瓶を傾ける。
「へ、へぇ…でもなぁイジー。お前、自分の命は自分で守れよ?」
「もちろんです。今回は俺のヘマだ」
 正直黒ひげには、散々この失態をしごかれるかと思っていた。だから、一発ぶん殴られるだけで済んだのは意外だった。とはいえ己の不甲斐なさに、硬く握った拳の爪を掌に食い込ませる。
 「そうさ。黒ひげはいつでもお前さんのナイトで居てくれる訳じゃあないからな」
そう言うとジャックは恭しく胸に手を当てて、おどけてみせた。
「なんだと?俺はお姫様だとでも言いたいのか?」
「いや、そういう意味じゃねえって!」
揶揄うような口調にジャックをギリっと睨みつける。しかし彼はすぐパッと両手を目元に掲げ、降参のポーズで苦笑した。
 「じゃあどういう意味だ?」
「おお怖い怖い、イジーさんはおっかないねぇ」
足を踏み出して更に彼へ詰め寄るも、ジャックはのらりくらりと身を交わすとクルッと180度体を回転させる。そしてそのまま、さっさと船内に引っ込んで行ってしまった。いつも逃げ足だけは速い奴だ。
 向こうでは、キャプテンがキビキビしたいつもの調子で持ち帰った略奪品の保管場所を指示している。俺はジャックの言葉を脳内でリフレインさせながら、彼をぼんやりと眺めた。
 黒ひげはもちろんナイトではない。あのように無慈悲なボスは、何故か毎回捕まる馬鹿なプリンセスを助けに行くお人好しなヒーローとはかけ離れている。どちらかと言えば敵方の魔王だろう。
 だが、助け出した俺の胸ぐらを掴んだ時、微かに震えていた手。人は殺さないと言った時一瞬見せた、たじろぐような表情。
 …ジャックはどういう意味で「黒ひげはナイトじゃない」と言ったんだ?
 いや、止めよう。俺は首を振って、一瞬脳裏を過ぎった不誠実な考えを掻き消した。

 

 海賊にとって、命の危機は何度でも訪れる。俺にとっては一度目が例の海賊船への誘拐。そして二度目がちょうど今だ。
 発端は、スペインの海賊連中が時間をかけてじわじわ追いつめていた商船の宝を、俺たちが根こそぎ横取りしたことだった。漁夫の利を持っていかれた奴等は当然ブチギレて、すぐこちらに報復を仕掛けてきた。奴等に発見されたと思ったら派手に攻撃を喰らい、乗り込んできたスペイン人共と激しい戦闘になったのだ。
 「クッソ、数が多すぎますよ!」
「うるせえ一人で六人倒せ!」
船のあちこちで響く怒号と銃声。剣が火花を散らす勢いでぶつかり合い、状況は苛烈を極めている。敵味方が入り乱れる乱戦に、俺を含め皆とにかく目の前の敵を斬り伏せることで精一杯だ。
 「黒ひげさえ殺せば俺は英雄だ!」
「あってめぇ、俺の手柄横取りすんな!」
血走った目で走ってくる男の胸部を、だいぶ血と油が付着した剣で何とか突き刺す。だが最前線で戦う黒ひげの元には、一気にワァッと三人が襲い掛かっていた。
 「何人でもかかってこいクソ共が!!」
ボスは髪を振り乱して咆哮し、四方八方から迫る剣を次々跳ね返す。崩れ落ちた男の背中に追い討ちをブッ刺して、俺もそちらに加勢しようとしたその時。
 視界の奥で、肩からざっくり鮮血を流す男が拳銃をスッと引き抜くのが見えた。その矛先は明瞭に黒ひげへと向けられている。だが絶え間なく群がる雑魚に手一杯な彼は、まだ背後の危機を察知できていない。
 「危ない!!」
俺は次の瞬間、考えるより先に駆け出していた。
いつも助けられてばかりのか弱いプリンセスが、ある日ついに翻って魔王の喉元にレイピアを突きつける。そんな光景がふと目に浮かんだ。
「死ね、黒ひげェ!!」
血に溺れながら絶叫した男の拳銃から弾丸が発射され、爆裂音に黒ひげがハッと振り向く。刹那、船上が無音になった。
 「ボス────!!」
黒ひげの瞳に、腹部に弾丸が命中する俺の姿が映り込む。彼の眩いアーモンドブラウンの黒目が大きく見開かれた。
「イジー…?!」
そのまま俺は彼の胸元に飛び込み、船長ごともつれてドッと甲板に倒れ込んだ。途端に胃に焼きごてを当てられたような熱さが走る。
 「テメェ、何やってんだ!」
発泡した男や黒ひげに襲い掛かってきた奴等は、たちまち怒号を上げた他の部下に胴を貫かれる。その切先が鋭く鈍いを立てた瞬間、船に再び喧騒が戻った。
 「ふざけんな馬鹿野郎!!おいイジーしっかりしろ!!」
俺の下敷きになった黒ひげは、耳元で鼓膜が破れるほどの剣幕で怒鳴る。その叫び声は少し悲痛に裏返っているようにも聞こえた。
「勝手に撃たれて、勝手に死ぬとか許さねぇぞ!!なぁイジー、イジー…」
 せっかくボスのために活躍したのに、何故この人は激昂しているんだろう。その瞳に膜が張っているように見えるのは何故だろう。
「へへッ、俺も、助けられてばっかじゃ、ないんですよ…」
ボスが覆い被さるように倒れ込んだ俺をガクガクと揺さぶるからか、急速に意識が遠くなっていく。
 それにしても、黒ひげが無事で良かった。安堵して唇の端を緩めたら、そのまま視界が暗くなっていった。

 

 ぼんやりと微睡から覚めると、見慣れた天井だった。このガサガサとした寝心地。シーツに人型の染みでも現れそうほど使い古した俺の部屋のベッドである。上体を起こすと、トタンが剥がれかけた壁にもたれかかったボスが此方を見つめていた。
 「ボス、今日のこと…」
「4日前のことか?クソ野郎。お前は時々無鉄砲すぎる」
黒ひげは汚い言葉遣いで舌打ちした。腰に手を当て、トーストほどの大きさの小窓から外を覗き込んでいる。腹が抉られたように痛み、見るとそこには熟練した手つきで包帯が巻かれていた。
 「でも、俺はボスを守るためなら死んでもいいって思ってますよ」
俺がそう微笑むと、黒ひげの肩が小さく揺れた。豊かな髭と逆光でその表情は見えないが、いつもの捕食時の獅子に似た顔をしているんだろうかと考える。
 だが次に彼が漏らした台詞は、むしろ食われる直前の子鹿のようだった。
「お前はもうちょっと自分を大切にしろ。…頼むから」
「は?」
 自分でも、驚くほど低い声が出たと思う。
「部下の覚悟を無下にするんですか」
自らの命という最大のプレゼントを、ラッピングも解かず丁重にお返しされた気分だ。見当違いの作法を通そうとする黒ひげに、俺は脇腹を押さえながら粗末な寝床から身を乗り出して凄む。
「命なんか惜しくない。それが海賊で、それが黒ひげだろ?」
真っ直ぐ睨みつけた黒ひげの瞳孔が、動揺で真夏の陽炎のように揺れる。何も言えず口をはくはくさせる様子は、窒息しかけの羊にも見えた。
 だがそのうち黙って俯いた彼は、フッと小さく鼻を鳴らした。
「……ああ。だから俺が“死ね”と命じた時以外に死んだら、命令違反で処刑してやるよ」
そう言って、片眉を吊り上げると大袈裟に両手を広げてみせる。安っぽい騎士道物語のナイトが裸足で逃げ出すほど邪悪な微笑。まさに“黒ひげ”そのものだ。ゾクゾクッと痺れるような興奮が、俺の尾骨から脳天までを駆け抜ける。もしプリンセスが魔王に心酔する物語があれば、きっと姫は今の俺に似た瞳をしているに違いない。
 「ふふっ。無茶苦茶ですよ」
頭の器が興奮と充足感で満たされ、自然と頬が緩んだ。これこそ俺が惚れ抜く理想の黒ひげだ。
 ボスは悪戯が成功した少年のようにクツクツと笑うと、低いドアをくぐるようにして出ていった。その背中におやすみなさいと挨拶を投げ、俺はまたガサついた布の間に体を埋めた。

 ドアの向こうの黒ひげが震える両手で顔を覆い、細くため息を吐いたことは知る由もない。