Work Text:
いっそ消えてしまえばよかった。酒に溺れてあの女を偲ぶ喬楚生に、路垚は唇を噛む。本来ならば彼女ではなく、己の恋が、消えるべきだし消えるはずだった。
彼女を見つけたのは喬楚生自身だが、けしかけたのは路垚だ。目の前で浮かれる彼を見ては、恋が悲鳴を上げながら死んでいくことに、傷つきながら安堵した。そうして、彼女が犯人だと気がついたとき、後悔と葛藤の渦に呑まれながら、喜ぶ己が確かにいた。なにもかも自覚した上で、路垚は彼女を断罪した。
だから、喬楚生を慰めるのは己の役目であり自罰であると、路垚は理解している。ほかの誰にさせるつもりもなかった。
「留置所で彼女はこう言った。この件がなかったら、俺と一緒になるって」
アルコールで頬を上気させた喬楚生が、ひと刷毛すっと描いたような笑みを浮かべて呟く。潤んだ瞳の煌めきが見つめるのは、あの女だ。ここにいる己ではなく。資格はないと知りながら、結局はしたなくも生き残った恋が疼いた。
「そこまで気になるなら、脱獄させたら?」
「そこまで好きというわけでもない」
「……意地っ張り」
やろうと思えばできるのに、不器用で誠実な彼が、いじらしくも憐れで、だからこそ愛おしい。どうしようもなく、恋をする喬楚生は幼気だった。
こんな姿を、誰が想像するだろう。きっと己にしか見せないものだ。向かう先が己でなくても、それはほんのすこし、路垚の独占欲を満たした。
「女には不自由してない」
「けど今回は本気になったな。彼女を見てるとき、胸の鼓動まで聞こえてくる」
彼女のために彼の鼓動がひとつ脈打つたびに、路垚の鼓動も彼のために脈打った。脈打つたびに、恋する細胞がひとつ弾ける。そのまますべて泡となって消えるはずが、誤算だらけだ。優秀なはずの脳は、彼相手にだけ愚かになる。
「考えてみた。彼女にそこまでのめり込んだ理由を。美人は大勢のいるのに」
呼吸を整え、かすかに震える声で喬楚生が認めた。意地が剥がれた。そのために今路垚はここにいるはずだが、いざとなると、指先が強張る。グラスを置いて、真面目に聞く振りを装い、軽口に笑って誤魔化した。
「今やっとわかった」
静寂の中へそっと音を乗せるように、感傷に流されるように、孤独を謳うように、指先を掠めた愛を手放すように、喬楚生は告白する。
「彼女も幼い頃に、両親を亡くしていた。それには触れていないが、目から感じるんだ。溌剌とした印象と違って、愛に飢えてる、小さな女の子の心を持っている」
痛みに、悲しみに、彼と彼女に、喬楚生は向き合う。そのきっかけを与えられたならよかったと、路垚が思う心は本心だ。あの女を忘れてほしいわけではない。立ち直ってほしい。そうと知らずに己を踏みつけてでも。
それでも、ああ、路垚はわかってしまった。彼はきっとこの先も、こうやって、愛に飢えたまま生きていくのだと。おなじ目をしたいきものに、自己憐憫と同調が隠された恋をして、手に入らぬと嘆き諦め、生きていくのだ。
それを隣で傍観するしかない己もまた、傷つき、憐れみ、安堵しては、エゴイスティックな愛を持て余す。
そういうふうに、きっとふたりはできている。
「目が赤いぞ」
「それはきっと、酒のせいだな」
いくらでも呑んで、泣いて、溺れるといい。必ず隣にいるから。気遣う良き友の顔をして、幼気な彼の恋を、悼んで愛するから。
グラスをかざす。琥珀色の液体が、とろりと揺れて暖色の照明にきらきら光った。
「これから出会うであろう恋のために、……乾杯」
「乾杯」
澄んだ音の余韻が消えて、惜しむための一拍のあと、喬楚生はボトルを煽った。初めて見せる二筋の涙は琥珀より美しく、路垚は震える心で、願わずにはいられなかった。
ただ俺のためだけに、そのまま変わらずにいて、と。
