Chapter Text
「綺麗な手でも、握手する内に汚れは移るさ」
シャーキーがそうつぶやいたとき、反射的にヌードルスの脳に、デボラの顔が浮かんだ。刑務所に入る前、つまり少年時代の頃だ。当時から彼女はヌードルスのことを突き放していたが、たまに優しい面を見せることもあった。たとえば、怪我を負ってモーのダイナー——そのときはまだ彼の父親の経営だが——に、入った際のことだ。自主レッスンが終わったのか、ちょうどデボラは倉庫から出ていた。そして自分の顔を見るなり、「ここは食事を提供するところよ。バイキンまみれで入ってこられたら困るわ」と悪態をついたわりに、怪我の手当てをしてくれたのだ。どこでそんなものもらってきたの、と彼女は尋ねる。
「小さいガキが俺と同じくらいのやつらに殴られてたんだ」
「もしかして一人で? 馬鹿ね」
「俺なら勝てる……っ痛」
「暴力に耐えられるなら、これくらいへっちゃらでしょ」
浸みた消毒液の感覚は、いまだにこの身に残っている。
だから、バグジーたちのリンチに遭ったときも、彼女は助けてくれるだろうと思ったのだ。だが、扉は開かなかった。情けなくデボラの名を呼ぶ自分に、マックスが肩を引いて、黙って首を横に振った。連れていかれたのは自分の家でも彼の家でもなく、そこらの路地で、どこから持ってきたのか包帯やら薬やらを彼は出してきた。盗んだのだろう。マックス自身も傷だらけだったのに、彼は何も言わずヌードルスの治療を優先した。
彼の手当ては、デボラに比べれば拙く荒かったが、口には出さなかった。ただぼんやりと考えていたのは、「なぜ彼女は開けてくれなかったのだろう」それだけだ。しかし、言葉にしてないのにマックスは、
「あの女は」包帯を無理に手でちぎりながら「店が汚れるのが嫌だったのさ」とだけこぼした。
「そのわりには、俺はあそこにしょっちゅう出入りしてるぜ」
実際、さっき忍び込んだときは拒まれなかった。
「じゃあ俺が入って汚れるのが嫌なんだ」
汚れる? マックスの生活はヌードルスとさほど変わらない。母と子の、二人暮らしだ。お互いが働かなければとても食ってはいけない。ヌードルスもそうだ。父親に職がなく、母親も自分も汗水たらして働かねばならない。外見の面から言えば、服なんて破れても着続けるし、洗濯なんてまれな上に、ただの水洗いだ。シャワーだって今の季節、月に一度使えればいい方だ。だがデボラは雅歌に付け足したように、それでもそのすべてが愛おしいと言ってくれた。つまり、外見は問題ではない。
では内面の話だろうか? しかしヌードルスからすれば、それこそ外見以上に改善は難しい。まだ十代も半ばの子供を雇ってくれるところはそうない。見つかったとしても、安い給料でこき使われる。へとへとになって帰っても、家族全員を食わせるだけの稼ぎは望めない。だから、ああするしかない。それしかなかった。
とはいえ、マックスと出会ってからというもの、ビジネスは好調を見せ始めたのだ。それこそ、洗濯する余裕だって出てきた。この調子なら、上等な服も買えるかもしれない。もっともバグジーとはつながりを絶たねばならない。もう、あの男たちとは関わりたくない。
ゆえに、ヌードルスにとってマックスは汚れた存在などではなく、むしろ一緒にクリーンになれる存在だった。
そして、ヌードルスはありのままのことを言った。
マックスは笑って、
「そんなこと言ってたら、気づいたときにはその手は真っ黒だぜ」と、嬉しげに目を細めた。
「どうかな?」
ヌードルスはおもむろに彼の手を握った。
「ほら、白いもんだ」
そして掌を見せた。それを見てマックスはまた笑ってくれたのだ。そんな、思い出だった。
