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Category:
Fandom:
Relationship:
Characters:
Language:
日本語
Stats:
Published:
2023-04-18
Words:
5,975
Chapters:
1/1
Comments:
2
Kudos:
11
Hits:
230

Existence of us

Summary:

性的虐待描写、自殺を示唆する描写が含まれます。ロイとアーロンの考察を整理したくて突発的に書きました。

Work Text:

 生まれてきた瞬間を覚えてる。
 大抵、というかたぶん全部の人間は自分がこの世に生まれ落ちた瞬間を覚えてはいないと思う。おれはあった。あいつが話しかけてきたから。本来は誰もいない自分の頭の中に。
『ロイ』
 啜り泣く声であいつはおれを呼んだ。おれが生まれただけでなく、名前もつけられた瞬間でもある。
『ロイ、助けて』
 よりにもよってあいつは初対面のおれに助けを求めてきた。いや初対面とは言えないかも。人間というものは本来女の胎内でできていく。人によっては腹の中の記憶があるやつもいるとか。おれの胎内はあいつの頭の中。生まれたときを覚えてるくらいだから、当然あいつの頭の中も見えた。おれは最初からあいつの全部を知ってた。あいつあいつと称しているが、おれはちゃんとあいつの名を知っている。アーロン。ロイと呼ばれたと同時に知っていた。名乗られたわけじゃない。というか、会話も結局最後まで交わさなかった。あいつが何度もおれを呼んで、おれがいくら言葉を返そうとしても、結局あいつに声が届くことはなかった。
 でもあいつがおれの名を呼ぶと、おれは出てきた。初めて見る世界はどうだったかだって? 最悪の一言に尽きる。何せあいつの親父がいたいけなアーロンくんの小さなケツにチンコぶっさして腰振ってる最中だったからな。おれはすぐに目の前の変態を後ろ足で蹴りをお見舞いした。やつは何が起こったか一瞬わからなかったらしい。数秒間固まってた。現実の人間じゃなく自分の頭の中に助けを求めるようなアーロンだ。きっとこのクソ野郎に逆らったことは一度もなかったんだろう。従順な息子の初めての反逆にやつはキレておれを殴った。顔面あざだらけ。自分でやったくせしてその顔にはチンコも沈んだらしく、しばらくアーロンはカマを掘られなかったみたいだ。
 みたいだ、というのはおれはあいつが呼ばない限り頭の外に出ていけないし、なんだったら何も見えないし聞こえなかった。聞こえるのはあいつの声だけ。あいつが外に向けて喋る言葉と、おれに向けて話す言葉。
『ロイ、今日神父様からキャンデーがもらえたよ』
『ロイ、ミサに参加させてもらえたんだ。歌声を褒められたよ』
『ロイ、生意気だって他の子から殴られちゃった。もう行かない方がいいのかな』
『ロイ、学校に行ってみたいよ』
 あいつの話しかけることは、あいつの記憶にあるテレビ番組や本の中に出てくるような友達同士の会話じゃなくてまるで親とかに報告してくるみたいな日常だった。当然と言えば当然。あいつは母親が死んでから学校に通わせてもらえなかった。家から一歩出てみれば、おどおどした態度とみすぼらしい格好のせいですぐターゲットにされた(もちろんそんなときにも呼ばれればおれは出てくる)。友達なんていやしなかった。おまけにそれを相談できる家族も。だからおれなんかが生まれたんだ。
 生まれてから何年かが経った。あいつは相変わらず実の父親に犯されてた。その日は特に手荒く扱われて、それでおれが出てきたわけだ。久々に出れたと思ったら、あいつの身体は思ったより大きく成長していた。痩せてはいたけどな。でもアル中の、しかもいたぶる相手が息子くらいしかいない男をぶちのめすには十分だった。やつは死んだか気を失って、おれは家中の金をかき集めて街を出た。
 知らない街に着くとおれとあいつは入れ替わってしまった。金はあっという間に尽きて、知恵も教養もないあいつは物乞いみたいな生活をせざるを得なかったみたいだ。悪いことをした、とあいつの頭の中で思ってた。まだおれが外に出れてたら、もう少しだけでもマシな生活を送らせてやれた。
 ただ世の中捨てたものじゃないらしい。あいつは教会に拾われた。教会ならおれも安心だった。前の街でもあいつの唯一の居場所になれていた。神父様は恩人だ、あいつはおれに何度もそう語ってた。
 何ヶ月かは、あいつの話しかける事柄は明るかった。寝床とメシもあるらしい。勉強ができること、聖歌隊に入れてもらえたことをめいっぱい喜んでた。友達ができた、と言っていた。ただ怖くもあるらしい。まだおれとの付き合いは続きそうだった。もうひとつ、女の友達ができたことを特に嬉しがっていた。生まれて初めてのガールフレンドだった。リンダって言うんだ、そう報告してくるあいつの声を、おれも正直喜ばしく聞いていた。
 でも穏やかな日々は一年も続かなかった。おれがリンダとセックスしたのであろう、あいつの喘ぎ声を思い出してると、今のあいつからも聞こえてきた。けどリンダとのとは違う。聞き覚えがあった。あいつが父親に犯されていたときの声だった。
『助けて』
「助けて……」
 現実の声と頭の中の声が重なってた。
『助けて、ロイ。助けて、助けて!』
 おれが目覚めた。だがすぐに身体の自由がないことに気づく。そしてあいつの恩人であるはずの大司教様が、あろうことかアーロンの身体をベッドに縛りつけて舌で舐めずっていた。
「う、あ、てめぇっ、てめぇええ!」
 おれは叫んだ。おれを縛りつけてる手錠を千切れんばかりに暴れた。やつは恐れ慄いてた。アーロン、どうしたんだアーロン、と。まるで本当に心配してるみたいな声が心から腹立たしかった。
 近づこうとすればおれは噛みつこうとした。首から上は自由だ。やつの喉元を裂いてやりたかった。でもかわされる。おれがずっとケモノみたいに暴れてるから、やがてやつは諦めておれを部屋に放置した。おれも疲れて、息を切らしてベッドに身体を沈めた。目を閉じるとおれたちはまた入れ替わった。
 それからあいつがおれを呼び出すことがめっきりなくなった。でもあいつの苦しむ声が聞こえた。またおれはあいつが親父に犯されたときみたいに、あいつがおれを呼び出さない限りその声を聞くことしかできなかった。
 なのにあいつはおれに何をされたのか事細かに話した。まるで自分がされている気分になって嫌だった。でも他に話す相手がいないのだ。それにおれは同情の言葉を手向けてやることすらできない。ムチで叩かれた。チンコに変な器具をつけられた。ビデオを撮られてしまったと。ビデオを撮られたってことは、下手に逃げられなくなっちまったってわけだ。だからこそおれが出ていかないといけないのに、
『おれを呼べ! 助けを呼べよ! 助けてやる。だから』
 叫んでも、あいつに声が届くことはなかった。
 まれに出てこれる日はあった。けどそういうときに限って身体の自由がない。口だけは動かせるので思い切り叫び、思いつく罵倒を並び立てた。でも意味はない。あの生臭神父はそうなったら縛りつけたままのアーロンをそのまま放置するだけだ。そして時が経てばあいつに戻る。
 あいつの話しかける声はまた暗くなった。下手をすれば父親のところにいたとき以上に。希望だと信じてたものが絶望にすり替わったんだ。無理もない。でも外側だけの希望は、神父だけじゃなかったんだ。
「なん、なんでなのリンダ。ぼくたちは……付き合ってたんじゃ」
 誰かと会話していると気づくのに時間がかかった。相手はリンダだ。何の話をしているかはすぐにわかった。
 あいつは泣いていた。初恋が裏切られた。おまけに初めてできた現実の友人にすら。それだけじゃなかった。
 リンダは振ってからもあいつと関係を持った。あの女は売春婦よりもタチが悪く、自分のプレイをビデオに撮って流していた。アーロンとのセックスも無断でだ。アーロンの容姿はそれなりにウケがいいらしく、あいつは初恋を拗らせてむざむざと関係を続けていた。
 ある日、あいつは珍しく声を荒げていた。違う、違うと何かを必死で否定していた。どもりもせずに。
「違います! ぼくの中に……悪魔なんていない! 仮に誰かがいたとしても、彼は悪魔じゃない!」
 どうやら話しているのはあのど変態神父。まれに出てくるおれを、やつは悪魔と捉えたらしい。でもあいつは真っ向から反論した。あいつが誰かにはっきりと反対の立場を取るのは初めて見た。おれは素直に嬉しかった。たとえあいつとおれとで直接話せなくても、あいつは少なくともおれを邪魔に思ってない。おれが出てくるとき、相手はいつだっておれを不気味に見た。きっと外の連中とまともに関われる日はない。それでもあいつがおれを受け入れてくれてるなら、そう思えたんだ。なのに。
 あの日あいつはどんな話をされて、あんなことになったんだろう。おれに聞こえるのはあいつの声だけ。こんなのおかしい、やりたくないって内でも外でも言っていた。神父様、リンダ、どうして、ともずっと言っていた。
 でもあいつがおれを呼び出すことはなかった。けどずっと言ってた。助けて、誰か助けてって。ならおれを呼べばいいのに、あいつは呼ばなかった。呼んじゃダメだ、そうとまで言った。
『呼んじゃダメだ。神父様は言ってた、ロイは悪魔だって。だから呼んじゃいけない』
 その声を聞いたとき、おれは何もかも聞こえなくなった。あいつの苦しむ外の声も内の声も。
 あいつはおれを悪魔だと言った。
 十二歳のときから、何も言えなくてもずっとあいつの話に耳を傾けてきた、寄り添ってきたおれを、あいつは悪魔と言った。
 あいつの言葉じゃないのはわかってる。先に言ったのは神父だ。あいつにひどい仕打ちをする神父。あいつはそんなやつの言葉を間に受けた。
『神父様はこれを悪魔祓いだって言ってた。絶対、呼べない』
 あのクソ神父は、気色の悪いセックスを悪魔祓いと称しているらしい。でも同じ場にいるはずのリンダすら、それはおかしいと言ってくれない。おれだったら言える。外に出さえすれば。そんなのでおれは消えないって言ってやる。なのに、出られない。
 けど以前より出ていってやろう、という気持ちは弱まっていた。あいつは唯一の、何があっても味方であるはずのおれを悪魔だと思ってた。あいつは信心深い。悪魔に助けられたくはないはずだ。
 おれのやり方はたしかに喚き散らして暴れるばかりで、悪魔と言われても仕方なかった。でも助けてたんだ、あいつを。守りたかったんだ。よりによって頼れるのが自分の頭の中しかなかった、あいつを。
 なのに、あいつはおれを悪魔だと思ってる。
 ずっとうずくまっていたら、尻をつく衝撃と一緒におれが外に出ていた。犯されても殴られてもなかった。代わりに天井のフックからちぎれたロープがたらりとぶら下がっていた。すぐそばに輪を描いたロープがあった。おれはそのロープを取って公衆電話に向かって、あの女を呼び出した。でもロイとしてじゃない、アーロンとしてだ。あいつの声はずっと聞いてた。どんな風に喋るかなんて誰よりも知っている。あの女は、一切合切違和感なんて覚えてないみたいだった。
 そして殺した。車を盗んで死体を埋めた。でも顔が埋もれる直前になって、あいつに戻った。あいつは叫んで、シャベルをほったらかして逃げ出した。ぼくがやったのか、ぼくがやったのか、同じ問いを何度も何度も繰り返してた。
 おれは答えた。届かないとわかり切ってても。
『そうだ、お前は殺しちゃない。おれが殺した。お前の中の、悪魔のおれが』と。
『ぼくを乗っ取るつもりなのか、悪魔め』
 おれは驚いた。初めてあいつと会話できた気がした。気のせいだった。何とかしなくちゃ、そうまた意味のない言い聞かせを続けるあいつにうんざりした。あいつは神父に話そうとしているみたいだった。本当に馬鹿だ。よりによって相談する相手がやつしかいない。何とかしなきゃ? あとおれがやらなきゃいけないのはたった一つだ。お前にはできない。やる発想すらない。だから、おれがやってやる!
 すると、入れ替わっていた。あいつは一切おれに助けを求めてない。呼んでもいなかった。けどおれは身体の主導権を手に入れていた。
 不思議とおれはすぐに納得した。あいつが死のうとしたせいだ。あいつはもう死んだも同然なんだ。だからおれが望めば身体を手に入れられる。やることは決まっていた。おれはすでに教会の中にいた。神父の部屋に向かおうとしていた途中らしい。ちょうどよかった。おれは台所からナイフを盗んで、やつの部屋へ足を進めた。
 やつは不在だった。おれは幸いと、やつのビデオコレクションを暴いた。アーロンとのセックスを撮ったビデオをおれはフィルムをひっぺはがし、見つからないよう違う部屋のゴミ箱に処分した。でも一つだけ見つからなかった。あのクソ野郎が悪魔祓いと称し、あいつがおれを悪魔扱いしたあのビデオ。探してる途中で、やつは戻ってきた。
 おれは迷わず刺した。やつはおれをすぐにアーロンでない、悪魔の方だと見抜いた。でもだからなんだ? あいつは所詮生臭い神父だ。悪魔祓いなんてできない。そういうわけでおれみたいな悪魔に殺されるんだ。
 何度も何度も刺した。どれだけ刺しても足りないくらいだった。やつは自分のチンコをアーロンのいたいけなケツに何度も刺してきたのに、なんでおれはこいつにナイフを刺しちゃいけないんだ? おれは笑った。きっとこのとき生まれて初めて笑ったんだ。
 すると声が聞こえてきたんだ。微かに、でもたしかに叫んでる悲痛な声が。やめて、やめて、と。神父の声じゃない。おれが一番よく知る声だった。
『やめて、ロイ、やめてくれよ! 殺しちゃダメだ! 殺しちゃ』
 アーロンの声だった。でも聞いて腹立たしく思った。おれがこうして聞こえるなら、もしかしたらお前もおれの声が聞こえてたんじゃないかって。おれよりも、お前をいじめてきた神父の方を心配するのかって。
 最後のひと刺しの瞬間、おれの意識は途絶えた。
 目覚めると、おれは神父の死体の横で倒れてた。今更全身血まみれだと気づく。逃げなきゃ、そう思ったときにサイレンの音が耳に入った。
 おれは焦って窓から飛び出した。必死で走った。その間あいつのことは考えなかった。あいつが最後に何をしたのか、なんで目覚めたときの意識があいつじゃなくておれなのか。
警官に取り押さえられてまた気を失った。そのあと目覚めてもこの身体はおれのものだった。
 そこでようやく、あいつが死んだのだと確信した。アーロン、と呼んでみた。返事はない。ひょっとしたら生きてるのかもしれない。おれの頭の中で。だけど意味はない。おれの声が届いてもあいつの声はおれに届かない。以前は逆だったように。それにおれはあいつに助けを求めない。愚図で、どもってて、女に騙されて、守ってくれると信じた相手に裏切られ続けても逆らおうとしなかったあいつになんて。そんなの、おれからしたら死んでるのと一緒だ。
 おれはおれが生まれた瞬間を覚えてる。でもあいつが死んだ瞬間を知らない。あいつは最後、何をしたのか。それは刑事からの詰問で知った。初めは本当にわけがわからなかった。
 そして裁判の日、意味を知った。
「人は長い年月にわたって、内と外で二つの顔を使い分けているとやがて混乱に陥り、真の自分を見失う」
 それがあいつの答えだったんだ。ずっとおれを頼ってきたあいつは、おれを捨てたかったんだ。だからクソ神父の「悪魔祓い」にも乗ったんだ。
 どこかあいつに身体を返すべきかも、と思ってる節があった。でもそんな気持ち消え失せた。きっとおれは神父が言った通り、あいつが結論づけた通り悪魔だったんだ。それでいい。悪魔なら悪魔らしく最後まで狡猾にやってやる。
 おれはアーロンになれる。本物のアーロンだ。だってずっと見てきたんだ。弁護士先生、あんた間違っちゃいないよ。アーロンは無実だ。裁判は正しい判決を出したんだよ。
 もうおれは自分がアーロンでもロイでもどっちでも良くなってた。人はおれをアーロンと呼ぶ方が多いだろうし。それにそう呼ばれると、あの泣き虫弱虫アーロンはもうおれの中にいないって思えるんだ。ロイ、ロイっていもしない友達に助けを求めてた可哀想な子供なんて。
 きっとそのうち、ロイなんて最初からいなかったって思えるかもしれない。でもおれは、おれが生まれてきた瞬間を忘れられることはきっとない。それはどうしようもなく、アーロンとおれの存在証明だった。