Work Text:
雪化粧を纏ったデトロイトに、穏やかな日差しが降り注ぐ。
広場には愛を象ったの風船で装飾されたワゴン車や、人々の中には花束を抱える男性。頬を染め幸せそうに手を繋ぐ女性と女性型アンドロイドなど、街はいつもより賑やかで少し浮わついた幸福感が漂っていた。
例に漏れずDPDにも、巷ほどではないものの少なからず感謝をするという名目でその雰囲気を感じる。
今日はRK900が変異して以降、初めて迎える細やかな催し。そのため、なんとなし兄意識のあるコナーは、彼にとって素敵な日にして欲しいと お節介ながら考えていた。
現在、RK900は捜査で外へ出ている。彼が帰ってきたら僕は何か経験することのできる形の小さなサプライズをしたいと思っている。
どんな事が心を豊かにする体験になるだろうか。いくら彼より稼働時間が長いとはいえ、僕のソーシャルモジュールが優秀な訳ではない。――そうであったらポンコツ等とは言われないだろう。――
ひとまず僕はいつも良くしてもらっている皆への挨拶とお礼を。そしてハンクには好きそうな銘柄の酒を片手に持っていくことにする。もちろん、飲みすぎないよう警告は忘れずに。
全ての用事を済ませた後、思索する。さて、どうしたものか。彼に喜んでもらえそうな体験は何か。考えてはいるが思い浮かばず。
ならば、自身が変異した頃に感じた温かさを伝えてみるのはどうか。などと思いながら足を進めるうちに、気づけば自身の業務机まで来ていた。
ふと自身のデスクへ 視線を移すと几帳面に縁と平行に置かれた飾り気のないシンプルな手紙が一通。不審物ではないだろうが念のためにスキャンをする。少し不格好な文字でConnorと宛名が書いてある。差出人は不明だが、指紋の無いそれに思い当たる人物は一人だ。
手に取ると 滑らかで上質な感触。――デジタル化された今日、アナログな紙は珍しいが味わい深さから、今でも一部層に親しまれているというのも少しわかるような気がした。――開いてみれば拙い文字で綴られた。
『貴方が好きです。常日頃感謝しています。』
プログラムを使わず書かれたであろうその筆跡を優しくなぞる。変異してから数ヶ月。高性能な最新型と謳われる彼が導きだした個性の形だった。拙い文字だが愛おしいもので、何故このような形をとったのか思いを巡らせるだけでも満ち足りた気持ちにさせた。だだ、これが兄心からくるものなのか。それ以上の感情が伴うのか。自身では判断しかねていた。
仮にそうであったとして、コナー自身が彼を縛り付けることにならないか。これから出会うであろう人々の中に、もっと相応しいパートナーがいるのではないか。どちらにせよ兄機として振る舞うべきなのではないか。現状、判断する術を持ち合わせておらず経験も少なすぎるため、自問自答を繰り返すだけだった。
時は流れ、空も赤く染まりだした。気づけば規則正しい足音が聞こえる。まだ答えは出せていない。音は徐々にデスクへ近づいてくる。見上げれば、しゃんとした佇まいの彼が口を開く。表情は強張っていた。
「終業後、個人的なことで少し時間を頂いても?」
「あぁ、もちろん。僕も君と話がしたいと思っていたんだ。」
彼が私用で約束事を取り付けるのは珍しい。久々な二人の時間にコナーは頬が緩むのがわかった。
日も暮れた頃、彼と共に署外の古びたベンチに隣り合わせで腰掛けた。外は薄く雪が積もって、彼らの足跡を蒼く浮かび上がらせていた。コナーは足跡を見て、彼も同じ靴を履いているだとか、足も互換性がありそうだな。と彼を横目にぼんやり思考を散乱させていた。
いつもと違い俯きがちに何か言いあぐねている様子の彼に少し居心地の悪さを感じながら、まず手紙の礼を言うことにした。
「素敵な贈り物をありがとう。君からの手紙、とても嬉しく感じたんだ。」
手紙を取り出し表を撫で、微笑みかける。
すると、彼は少し口角を上げたかと思えば、視線を迷わせ俯いた。
「今日は、恋人や親しい人に贈り物をすると聞きました。非効率ですが、手書きには温もりを感じると貴方は好意的に捉えていたように思いましたので。」
「私は貴方とは親しい間柄を築けていると思っています。ですが、現状に満足する以上に貴方との関係の継続を望むようになりました。その…………離れ難いと感じるのです。」
そして、戸惑いがちに指を触れてくる。
ポンプが大きく脈打った。なんと慎ましい願いだろう。思わず彼の手を握り返し言った。
「それは僕も同じさ。ずっと君と一緒にいたいと思うんだ。居られる限りはね。」
「本当は今日、君に何か素敵に思えるような事をしようと思っていたんだ。結局、君に与えてもらっているばかりで、何もできていないのだけれど。」
「いえ、私にはこの時間を与えられた事が”素敵”というものに該当するかと思います。」
星空の照明を背にした彼を美しくも愛らしいと思った。かつての迷いは何だったのか。コナーはどうしようもなく堪らなくなり、彼を抱き締めた。彼はひくりと体を震わせこちらを伺う。やってしまったと思ったコナーは直ぐに900から離れた。
「あぁ、すまない。急に抱き着かれたら驚くよね。僕は今のような気持ちになったとき、ハグをした経験がとても嬉しくて素敵な事だったから思わずしてしまったのだけれど、君にとってどうかはわからないから……」
寒空にフリーズした機体が二機。コナーに至っては行き場の失った手が宙を掻き、目が泳ぐ。人間ならば冷や汗が出ていた所だ。
戸惑いつつ彼が口を開く。
「……もう一度、ハグを私にしていただけませんか。判断をするには……あの、少々短いかと思いまして。」
青く澄んだ瞳は揺れ動き、まだぎこちない彼の口角は左右非対称に上がる。
お互い微笑みあった後、暫く二人の影は一つに重なり合ったまま月明かりに照らされていた。
