Work Text:
「――では、ここでお待ちすることにします」
誰を、待つのだろう。
ふいに聞こえてきた声に、孔明は目を開けた。臥牀に丸まっていたはずが、もうすっかり頭は目覚めてしまっていた。元来、眠りは浅い質だ。衝立から奥を透かし見ると、うっすらと人影が見える。
「誰か、そこに?」
臥牀から立ち上がり声をかけると、客人とぼしき影が振り向いた。
「もしかして、起こしてしまいましたか?」
先生、と近寄る人物に見覚えはない。とはいえ、心当たりはあった。
――劉玄徳。あるいは劉皇叔と呼ぶべきかもしれない。まさか、三度もやってくるとは。
念願の伏竜先生との対面を果たして、なぜか玄徳の顔がうっすらと曇った。
「弟君からお聞きしました、先生は午睡をされていると」
「ええ、そうです」
朝から畑仕事をして、夜に星を観るとなると、この時間に寝ておくのが無難であるからだ。
「その割に顔色はよろしくなく、目には隈も」
「……もともと、そのような顔なのです」
寝不足が顔にでているのは知っていた。眠れないわけではない。しかし、往々にして眠りが浅く、少しの物音で簡単に目覚めてしまう。年々ひどくなっているが、孔明はその事実に蓋をしていた。いつだったか、自分のとある性質に気づいてから。そうして、それを無視するように振舞いはじめてから、自分は眠りに見放されつつある。
「私には、Playに費やす時間が足りていないように感じられます。お見受けするに、先生はSubでいらっしゃいますね? ならば、なおさら気にかけなくては」
DomよりもSubの方が本能を抑え込めずに体調を崩すというのは俗説だと、目の前の相手を笑ってやりたかった。しかし、口から出た言葉は孔明の内心を裏切った。
「そうかも、しれません」
すべて、見透かされている。
そんな漠とした不安が芽生え、育っていく。しかし、それを上回るような期待が孔明のなかに膨れあがっていた。
もう隠す必要はないのだ。
Dom性と同じくして、自分のなかに確と存在するSub性のことを、この人には隠す必要がない。
「よろしければ、私が手を貸しましょうか?」
私はDomなのですよ。純然たる親切心から、玄徳は微笑んでいる。
躊躇う気持ちがなかったわけではないが、好奇心が勝ってしまった。孔明がかすかに頷くと、玄徳はますます笑みを深くした。
「Playについては理解しておられますね?」
「ええ」
かろやかな動作で玄徳は臥牀に腰かけると、絶対に無理は禁物だと言いおいて、お決まりの言葉をさらりと口にした。
「おすわり」
命令を受けて、孔明が跪く。床にぺたりと座り込んで、玄徳を見上げる孔明は瞳が不安げに揺れている。
「上手にできたね、いいこ」
玄徳に誉められて、孔明は顔をほころばせた。もっとこっちへと手招きされて、跪いたままいざりよると、玄徳は孔明の頭を自分の膝にもたせかけた。
「頑張ったね、よくできました」
いいこ、いいこと髪をやさしくなでる手に、孔明の感覚はふわふわと漂いはじめた。まぶたが重く、自分の思うようにならない。またも微睡みの世界に落ちていこうとする孔明に、玄徳はそっとその背中を押した。
「先生、どうぞお眠りください」
そうして、ふたたび目を覚ましたとき、房室には夕陽が差し込んでいた。恐ろしいことに、自分は劉皇叔の膝ですっかり眠り込んでいたらしい。
「お目覚めですか?」
「ご、ご無礼を……」
耳を染めて畏まる孔明に、玄徳はおっとりと笑ってみせる。
「眠るようお勧めしたのはこちらですし、子どものように私の服を握っていらしたから」
先生こそ、お加減はいかがですか。あの姿勢では体が痛くなるでしょう。そう問われて、孔明は今度こそ顔まで紅くして俯いてしまった。
「わたしは、その、平気です……」
頭が冴えて、体が軽い。Subとして受け入れられたことが、これほどまでに多幸感をもたらすとは。
「劉皇叔、いえ……我が主」
その膝に縋りついたまま、孔明は落ち着いた声で玄徳に語りかけた。
「私は殿にお仕えすることを決心しました」
「なんと、では」
「この諸葛亮、骨身を惜しまず殿に尽くしましょう」
玄徳が感に堪えるような声をあげたのを、孔明は床に額づいて聞いていた。
