Work Text:
美しい歌声は遠のいて、やがて竹林を抜ける風となっていた。足もとで枯れた竹の葉がしゃくしゃくと鳴る。私は俯きがちに門まで足を進めた。目を伏せるのは、貴人に対する礼からではない。門前に佇む彼の人を目にするのが恐ろしいからだ。
――我が君。
死者の魂魄は泰山に還るという。
蒿里山での再会すら叶わず〈地獄〉にいると気づいたときは眩暈がしたものだ――地獄に堕ちて当然の所業ばかりだから致し方ないのだが。
――我が君、どれほどお会いしたかったことか。
最後に御姿を拝見したのは白帝城。いやでも記憶に残っている。今際の約束は果たせないままだが、それは遥か過去の話であり、いまだ訪れぬ未来の話でもある。今ここにいる自分には関与しえない。門を背に立つ姿は昔日のままで、それだけで涙が溢れそうになる。
「……もし」
躊躇いながら、声をかける。
我が君はゆっくりと振り向き、私が件の臥龍先生とみるや、素早く礼をとった。
「やっとお会いできた、孔明先生」
視線が重なる。
あれほど焦がれた再会を、素直に受けとめられないのは。視界を滲ませた涙が、喜びばかりでないことは自分自身が一番よく知っている。
そうですとも。
英子さんに、まだ私が必要なことくらい存じ上げておりますとも。
天下泰平には未だ遠いままなのですから。
……そして。
気づけば、私は見慣れた倉庫にいた。
「孔明~? あ、いた」
ほんと探したんだよ~と、軽くボヤくような英子さんの声が聞こえる。どうやらお困りだったようだ、なにか返事をしなければ。そう考えるも、口から出たのはこの一言だった。
「大丈夫でした、大丈夫でした!」
泣きながらケタケタ笑っている様子が、よほど〈お触り禁止〉に見えたのか、英子さんは何も追及してはこなかった。どうやら皆でSNS投稿用に写真を撮っているらしい。私にもそこに来てほしいようだった。
「撮りにいくよ」
「ええ、獲りにいきましょう」
まずは日本を、やがては世界を。
天下泰平を成すために。
