Work Text:
長閑やかな病室にふたつの人影。病床に臥す一人は余命幾許もなく、五十三歳という若さで世を去ろうとしていた。静脈の繋がれた点滴のしずくはポタポタと落ちつづける。それはまるで砂時計の砂が落ちるかの如く、つまりは溶液の残量が余命の暗喩であるかのようだった。彼はゆったりとした病衣で身を包み、穏やかな表情でもう一人の訪問者を見つめる。その瞳に僅かな哀愁を浮かべて。
もう一人の訪問者は病人と視線を交わす。彼を悩ませないよう表面上の笑顔を取り繕っていた。胸奥に計り知れない動揺、嘆き、淋しさを封じ込めようとする彼の心情とは裏腹に、その思いは無意識のうちにその眉毛、目に表れた。彼が話そうとする一つ一つ言葉に、病人は耳を傾けていた。
訪問者の話を聞き終わった後、病人は何やら彼に頼み事をしているようだった。その病人の願いに応えるように、訪問者は鞄の中から一つの紙のまとまりを取り出した。紙上には文字がずらりと羅列されている。彼は記事の草稿と思わしきそれを病人に渡すと、病人は机の上に置かれた眼鏡を取り、それを掛けて読み始めた。彼は一つ一つの単語に注意深く目を通し、言葉一つも呟かないまま読み進めていく。その様子を見つめる訪問者はどことなく緊張していた。彼はそわそわしながら病人の顔色に注目していた。
病室には秒針の進む音と心電図の音、紙を捲る音のみ響いた。無言による静寂は部屋中に広がり、張り詰めた空気で満たされた。秒針は何回進んだか、気づけばその空間の中で三十分が経過していた。
病人は草稿を置くと、肩に力が入った訪問者に語りかけた。彼の言葉を聞くと、訪問者は彼から目を逸らして曖昧な素振りを見せた。訪問者はか細い声で話し続ける。ふさふさとした眉毛は八の字を描き、眉間にはしわが寄っている。その振る舞いは困惑しているかのようだった。
彼のあやふやな様子とは対照的に、病人はやや強く、執拗に何かを主張していた。訪問者にまるで言い聞かせるかの如く説き伏せようとしながら、彼は訪問者を見据える。それは病人らしからぬ力強い目つきだった。
彼のある言葉が訪問者の耳に入った時、訪問者は目をカッと見開いた。それはまるで、自身が今まで犯した罪を強く認識したかのような表情だった。
――その罪は科学者の社会に深い分裂をもたらし、彼はやがてその罰を受けることとなるだろう。いえ、既に罰の執行は始まっている。それは訪問者の彼が一番、痛いほど分かっていることなのだから。
彼が今まで抑制してきたあらゆる負の感情は、途端に溢れ始めた。彼は自身の胸中を次から次へと、息つく暇もなく、吐露し続けていった。
まるでコップの水はこぼれた――いや、コップは倒れ、水は流れ出したようだった。その様子はいかに感情的で、繊細で……脆かったか。病人は後にその様子を別の友人に語るだろう。――彼は自殺寸前のようだったと。
病人はひたすら彼の話に耳を傾けていた。彼はただ、長年の友人が苦悩し、救いを求めているような表情を浮かべるのを、悲哀に満ちた目で見ることしかできなかった。
訪問者は後にこう話す。彼は病人に"懺悔"したと。彼はその際の心境を語った。
「ほとんどの宗教では、死に瀕した人は自分の罪を懺悔する。今ではこれは間違ったことのように思えた。
私はその時、人が死に瀕している場合――特に善良な人が死にかけている場合、その人に私の罪を懺悔すべきだと感じた。
おそらくその懺悔を聴いた人は神に会うだろう。彼は私の懺悔を神に告げてくれる――それを聴いて神は……私に情状酌量の余地を与えてくれるだろうか――――
全く非合理的な言い方をしたが、私は彼との面会の際にそう感じたのだ。――――彼は素晴らしい人だった。」
その光景はまるで、「信者による司祭への告解」のようだったのだろうか。病室内は無機質な心電図の音が響き、その司祭は病衣をまとい、点滴を静脈に繋いでいる。この二人はどちらも、神に対する敬虔な信者というわけではなかった。しかし、それでもその病室は「懺悔室」であった。
――訪問者が病人に懺悔した内容を知る者は、二人以外に誰もいない。
