Work Text:
今日も当然のように一日中仕事で、年に一度のクリスマスイブだというのに色気も何もないくたくたのジャケットのままようやく業務にひと段落をつけた。クリスマスに特別何か、期待していたわけでもないが、悲しくもなるだろう。クリスマス施策は本番も本番で、その上年末年始のテレビ収録や少し先のバレンタインに向けたプロジェクトも同時進行しているのだから、とにかく暇がない。仕事納めとは全く無縁だ。立て込む事務を捌いているうちに夕飯どきは軽く過ぎている。さっき、仕事中に連絡が来ていた気がするが、
『この後会えますか』
ジュンから、うん、これは、デートの誘いか何かだろうか。1時間前、の小さい表示に少しだけ申し訳なく思う。
『返信遅れてすみません、今からでよければ構いませんよ』
デートといっても別にジュンとは恋人、というわけでもなく、ただ、自分が私的に会う──その中でも対等な──相手がほとんどジュンだけだから、そういう例えにもなるだけなのだが、
「……既読早っ、暇なんですか」
すぐさま返ってきた集合場所の文字列にほとんど勝手に足が向いた。稀に使う隅のレッスン室、そこで、ジュンは待っているという。
「ジュン、お待たせしました……って」
想定よりずっと低い位置から見上げる目があった。真っ赤な、わかりやすくチープなサンタのコスプレ衣装に身を包んで、座りこんでいる。
「高峯氏かよ」
「なんですかそのツッコミ」
似合っていない、というより、本人が乗り気ではないのが明らかなせいで浮いて見える。どうせ無理矢理着せられたんだろう。
「で? 呼び出して何のつもりですか? レッスンのお誘いというわけでもないでしょう」
「デートのお誘いですか、とか気の利いたこと言えてもいいんじゃないすか? ……茨が今日忙しかったのは知ってるんで、短い時間でも楽しく過ごせたらな、って」
照れくさいのか目線を外すジュンに、思わず嘆息して。
「……お気遣いありがとうございます。別に自分、そんなにクリスマスにはしゃぐタイプでもないですけど」
でも、仮にも大切な仲間と過ごす夜──ロマンチックだとかそういうものにまったく靡かない、むしろ職業病で商機としか思えない自分でも、ジュンがわざわざ用意してくれたとなると、なかなか悪くないとは思えた。
「茨、近頃ずっと仕事漬けでしたからね。夜もう食いました?」
「栄養は取れてます、一応」
「うわ、心配になるんですけど……まあ、今日くらいケーキでも一緒に」
電灯を消した。折り畳み式の机に、小さなキャンドルが灯されてゆらめく。端正な苺ショートがふた切れ並んで、ほのかに甘い香りがした。クリームと果実の、優しくて、少し酸味を帯びた香り。向かいにいるジュンの金の瞳に、もうひとつ金色の炎が映っているのを見て、胸の奥できゅ、と疼くなにかを認めざるを得なかった。こんなの、悟られたらと思うと、素直になんてなれるわけない。
「いつまで着てるんですか、それ」
苦し紛れにあげつらってみても、
「茨がいいクリスマスになったな、って思ってくれるまで、ですかね」
っ、なんだよ、それ、ムードとか求めてないし、そもそもそんな関係じゃないし、今の雰囲気は自分には緊張するだけで到底喜べない。
「気づいてるか知らないですけど。オレ、結構茨のこと好きですよ」
やっぱりおかしい。慈しみに満ちた目は知らない人のようだ。普段のジュンはこんなこと言わない、普段は。……今日は?
今日は、特別な日、なんだろうか。
「……ジュンは。自分のどこが好きなんですか」
「そうですねぇ、オレよりずっとしっかりしててユニットを転がしていってるのは普通に尊敬してますけど」
ちょっと考えて、ほら、また甘い言葉を吐く。そういうところが、おかしいんだって。
「なんかもっとないんです? なんというか、ほら、性欲にまみれた男子高校生っぽいのお願いしますよ」
調子よくしゃべってなきゃ気が狂いそうだ。一度口を開けばつらつらと御託が流れ出す自分の性には助けられながらもうんざりしている。
「いや……オレをなんだと思ってるんですか」
というか、男子高校生を。怒ってもいいところだろうに、ジュンは呆れ顔を向けてくるだけだ。からかい甲斐がない。
「強いて言うなら、ですよ? あんだけ徹夜続きで無茶するのに、昼間会ったらちゃんと元気で、……ちょっといい匂いするのが、好きです」
「っ、そりゃ、アイドルなんですし──何事も印象は大事ですから」
とっさに言い訳めいたことを重ねたのが悔やまれる。いつからか忘れたが、しばらく愛用しているかなり控えめな香水なのだが、なんだ。ジュンはちゃんと気づいていたのか。さりげない香料も、元の匂いと体温とに混ざってオレの知ってる茨の匂いになるんですよね。なんて気障な台詞も様になってしまうのだからずるい。
「ああ茨の匂いだ、ってほっとするんですよ〜〜。なに、照れてんですか」
そんなの何も言えないだろう。やっぱりずるい。誰かひとりくらいには、ジュンにはありのままの匂いを知っていてほしいって、丁度思っていたところなんだから。
「で? 茨はオレのどこが好きですか?」
「な──いつ自分があなたを──」
「見てればわかりますよ、茨って意外と、結構オレのこと好きですよね」
にやつくジュンがあまりにも楽しそうだから癪にさわる。調子乗らないでください、くらい言ってやりたかったけど睨みつけるだけで留めておいた。
「……筋トレ漬けで男臭いの、自分は嫌いじゃないですよ」
「男臭いて」
苦笑いをこぼすジュンは、それでもあまり茶化さずに真剣な眼差しを注いでくる。
「あと……」
「あと?」
「巨乳」
「巨乳!?」
「いやまあ、筋トレ漬けの類義語みたいなものですけど」
なんか茨がそういう物言いするのって、珍しいですよね。身も蓋もないというか──……巨乳か、そっか……だのなんだの呟きながらジュンは更に距離を詰めてくる。隣合わせでほぼくっつくくらいの近さ。
「あの、ジュン、今更ですけど。自分たちなんか最近距離感バグってません? 外向けには関係性の演出はもちろん必要ですけど、」
「ビジネスとか外聞とかもいいですけど。オレは茨のそのままを知りたいって思いますよ、折角の聖夜ですし?」
頰に手を添えられると、もう顔を逸らせない。みるみる顔が熱くなっていくのがわかる。くそ、くそ、いっそ脈も止まってくれ。
目を伏せて続けるジュン。
「ねえ茨、オレのこと、“そういう意味”で好き、なんですよね?」
はっきり否定は、できない。血の巡りが急に速くなって、目眩が襲ってくる。
「少なくともオレは本気ですよ」
でも。それでも。……
「駄目です」
泣くなよ、ジュン。自分がわざわざ平気なふりしてやってんだから。嫌だ、ジュンにそんな顔させたくない。いや、これは、あなたのそんな顔見たくない、自分が悲しませたこと認めたくない、ってエゴなんでしょうか。
「自分たちアイドルなんです、恋人になったとして、窒息しそうなまま生きていく覚悟はありますか? 恋に、ご自分の気持ちだけに忠実でも仕方ないんですよ? 今日ジュンが誘ってくれたことは、嬉しかった、ですけど。自分には正直無理です。それならこのまま、友達──どころかただの仕事仲間でいる方が、マシですよ」
「……ですよね。オレがよくても、さすがに茨も巻き込むほど、図々しくはないですよ」
目を伏せるジュンの頰をつまんだ。ジュンが自分のことまでしっかり考えてくれているのも、わかってる。自分はジュンに無理矢理奪われたら、ついていってしまったかも、しれないのに。そこのとこどう思います? なんてこと当然持ちかけられるわけはないから、代わりに、
「これで、最初で最後にしましょう」
キャンドルはほとんど燃え尽きようとしている。やわらかな黄色に溶けあいながら、俺から、唇を奪う。いっそ一生分、くらいの気持ちで、目を閉じた。この後普通にしていける自信はない。本当に、好きでした。泣きそうだ。この時間を終わらせたくない、絶対に忘れたくないと思うけれど、自分で決めたことだから。せめて今だけは、この瞬間だけはジュンを、独り占めさせて。
