Actions

Work Header

Rating:
Archive Warning:
Category:
Fandoms:
Characters:
Language:
日本語
Stats:
Published:
2016-10-16
Words:
2,710
Chapters:
1/1
Kudos:
2
Hits:
45

Entr'acte

Summary:

暇を持て余したこどもたちの遊び

Notes:

(See the end of the work for notes.)

Work Text:

 

 

 

 

 白と黒の領土がめまぐるしく置き換わり、その上を兵が踊り、裏切った将兵が突撃する。
「7三玉」
「ルーク、d5」
「g2」
「6五桂馬」
「ポーンf6」
「h2」
「6四玉」
「ルーク、d1」
「h3」
「7五銀」
「ッ、ありません────そして、 ポーンをg7。 チェックメイト」
「────負けました」
「ああ~~もうっ! 負けた負けた!」
 ボスンとクッションの山に後ろから倒れこむと、スプリングの効いたベッドは波が伝わるようにゆらゆらと全体が揺れた。
 隣からはうつ伏せになってクッションに頭を埋めた、くぐもった不機嫌な声がする。
「まだ……まだ、終わってないよ」
「でも、ハルがa8に打って、俺がa7に打つでしょ。そうすると、八手後に黒34、白30の、俺の勝ちっ……対戦アリガトーゴザイマシタ」
 現在、九勝八敗七引き分け。俺の方がひとつ、リード。
 駒も盤も使わず、脳内で盤上を広げる目隠し勝負は、こうしてベッドで寝そべりながらでも出来てとてもいいのだけど、目隠し将棋と目隠しチェスと目隠しオセロの同時進行は、流石にちょっと応えたわけで。
「……僕たちは二人零和有限確定完全情報ゲームをするべきじゃないかもね」
 そう一言、疲れた声で言うと、再びハルの頭は羽毛枕へとうつ伏せに沈没したが、「もう一回。もう一回やろう」を連発してここまで連戦することになったのは一体誰のおかげだったっけ?
「じゃあなに? しりとりでもする?」
「………ルービックキューブ」
 だから、全く、そういうところがさぁー! ったく!
 俺じゃなくても一瞬顔が引き攣るわ、こんなの。まぁでも、
「……ぶっちゃけ、ハルのそういうとこ、嫌いじゃないけど────────ど」
 寝返りをうって、ハルの顔を覗きこむ。一拍遅れてハルもまたごそごそと寝返りをうつと、なんの衒いもない顔を真っ直ぐこちらに向けた。ぱちくり、と、一回だけしたまばたきが、ガラス玉のような眼を無垢に見せる。他人とのこんな距離を気安く受け入れるなんて、己の造作の良さに頓着したことなんて今まで無かったんだろう、ほんとにさ。
「ど」
 珊瑚色の薄いくちびるが、ややして開く。
「どこが好きなの? じゃあ」
 一瞬の沈黙。
「あーもう、またそういうこと直球で言っちゃってさー! このヒトは!」
 珍しくもグロッキーになってる顔が、ちょっとえろいな、だなんて、思うんじゃなかった。寝返りをうって、間接照明の柔らかな光で照らされる山吹色の天井を見上げる。
「貘さんの方から言い出したんじゃない」
 見透かされたわけでは決してないと思うけれど、決まりが悪くてつい語気が荒くなる。
「言ってないって!」
 表情のわかりにくい顔が追いかけるように上から覗きこんできて、サラリと黒髪が俺の額をくすぐった。全く、いい性格してるよホント。
「でも僕にはそう聞こえたから」
「乱暴だなぁ。まぁ仕方ないけど」
 雑に積み重なるクッションのうちのひとつを引っ張りだし、ハルがその上に頬を載せる。
「どの道、厳密な客観なんてものは、人間の本質が認識である以上、存在しない。存在しいえない以上、それは様式のもたらす曖昧な観念でしかない」
「いうね…〝Pantōn chrēmatōn metron anthrō.───人間は万物の尺度である″て訳?」
 それぞれの身体の性能自体が違うのだから、その認知も均一になりようはずがない。
「結局、〝Homo qui non recte vinctus Ape.────肉体は魂の牢獄である″からね」
 すかさず引用で返してくる、こういうとこも本当にかわいくない。
「ねぇでも、人間の本質が認識ならば、如何なるものからも解放された、最も自由なものになれるんじゃない……────牢獄たる肉体の消滅からさえも」
 怪訝な顔でハルが片眉をあげる。
「────意識が消滅する瞬間を、意識は認識することができない。認識されないものは存在しようがない。この時、人の時間は死に向かって無限に開かれたものとなる。消滅の瞬間へ向かって、死にゆく俺達は一切をスローモーションで認識する。その時、時の流れは限りなく淀み、飛んでいる矢は静止する。アキレスは亀に追いつけない。俺達は死に辿り着けない。無限に遠ざかる死へと向かって、俺達は永遠に死にゆく……────どう? 納得した?」
 パチンと最後、フィンガースナップでキメたのに、ハルはつれなく一言言った。
「…ただ呆れてるだけ」
 浮かべた笑みは、しかし、苦笑と云うに優しすぎたし、感傷が滲みすぎていた。が、上げていた片眉が下がるのと同時に段々眼を瞠っていく様も、俺は見ていた。ハルの、おもしろがっている時の顔。
 時々、ハルの顔は笑っているのに何故か儚くて、俺をひどくたじろがせる。
「けどそう考えると面白いデショ? この地球上のありとあらゆる人間が、今まさに死に瀕し、かつて存在したすべての人間もまた等しく死に続けている」
 ハルもまた寝返りをうって、白い天井を見上げた。よく見ると、天井には唐草模様の凹凸の影がかすかに浮かびあがっていた。弧を描いて奔放に伸びる蔦が交錯し、絡み合いながら繁茂し広がってゆく。
「累々と積み重なる無数の死体ならぬ死に体、ねぇ…」
 地球上を埋め尽くす、無数の無限級数の群れが、猛烈な勢いで今まさに収束していく様を思って、俺達は黙った。収束した瞬間、一次方程式に則ってアキレスは亀に追いつくが、自らの存在の消滅を認識できない存在は、ただ虚数の海へと融ける。
「────ところで、いつまで続くの? これは」
「……ハルが降参するまで。俺が飽きるまで。夜が明けるまで。どれがいい?」
「一番目の提案は到底受け入れられないな……」
「なんだかんだ、相当じゃんハルさんも」
「もう一局指す? 摩訶大大将棋とか僕もあんまりすることないし」
「将棋ってか、アレやると絶対数日かかるじゃない……」
 っていうか、盤は縦横19×19、敵味方合わせて総勢百九十二駒の将棋盤を準備しなきゃいけないところからまず始まるわけで。
 あそこ───賭郎なら、言ったら用意してくれるんだろうか、用意してくれそうだな、と、つらつら思う。
 顔の見えない隣からひそやかに微笑む気配がした。
「いいよ、あと少しだけ……あと少しだけ貘さんといたい」
 再び俺はヒヤリとする。普段なら絶対言わないことを言ってしまいそうになるのは、もしかしなくても言っているのは、しりとり縛りが思ったよりもキツいからだ。多分。
「………いたいだけいればいいよ、ずっと」
 ようよう吐きだした言葉は、しかし、自分でも驚くほどホントウに近すぎて、その無防備さに自分でも狼狽した。だめだ。これは。この流れは。
「と、いうわけにも、いかないんだ」
 変えなくては、この流れを。
「だ、よ、ねー。俺もそろそろ月から迎えが来そう」
「嘘つき」
 微苦笑まじりに発された非難に、ようやく直視できる気がして、俺は半身を起こす。さっきのお返しとばかりに、上から顔を覗きこんでやる。濡れた黒い瞳がつややかに光り、高い鼻梁と鎖骨の窪みには琥珀色の陰が美しく溜まっていた。
「キスしていい?」
 嘘つきついでに、どうせなら。俺は唇に無言で笑いを浮かべた。
 いやだとか、いいわけない、だとか、言い方はいくらでもあるし、実際俺はハルがそう言うと、踏んでいた。
「今?」
 頭の後ろに手が添えられて、あ、と思う間もなく、引き寄せられる。
 やわらかな感触と匂いがして、時間が止まったかと思った。何が起こったのか理解したのは、永遠とも長い、数秒が過ぎてからだ。
「…………マジメなふりして、ハルさんアナタちょっと…ちょっともう………」
「生まれてはじめて、だよ」
 してやったり、とハルが笑う。こいつ、こういう顔もするのかと、一瞬ドキリとしながらも俺は動揺を押さえきれない。
「?」
「キスしたのは」
「はァ? だったら尚更、こんなタイミングじゃなくていいじゃんッ!」
荒くなる語気にハルが眼を細める。

「ん」
「ん?」

「僕の、勝ち」

 

 

 

 

 

 

Notes:

初出 2016年10月16日発行個人誌