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それはとあるゲーム中に聞いた事だった。
己の祖と言えるかもしれない面汚しのレヴナントが、救いようのない愚かなMRVNに私が絡まれているのを思い出してか、こんな話を漏らした。
あの鉄くずはどんな事を言っても潰れない厄介な奴に見える……だが、自分自身に嘘をつくことが出来ないのか、奴の信じたくない事を俺が突きつけてやると奴の心をポッキリと折ることが出来た、と。
嘘をつくことが出来ないのは所詮、アレがただの機械が故と解る。しかし、心折れた姿となると想像がつかなかった。
盲目に私へ合成ボイスな愛の単語を並べるMRVN。どれだけ邪険に扱おうが、悲しみの顔は映しても瞬く間に数少ない表情パターンの一つである笑顔をすぐ浮かべ直す、楽観主義ロボット。
そいつを長らくへし折るとは、何をすれば可能なのだろうか?
声には出さなくとも、元人間であるレヴナントは私の興味を勘繰ったようだ。
奴のマスター探しとやらの話で、マスター共が死んだのはお前が殺したからなのではないか?と一つの可能性を突きつけてやった。するとどうなったと思う? 生きていないくせに今にも死にそうな顔で、この俺が奴を友と呼びハイタッチをせがんでも応じず、去っていった。
フフン、と私の関心を声無き褒め言葉と受け取り、赤い人工悪夢は笑った。
特に返答しなかったのだが、私がその話を聞きとある思考に囚われたのを感じ取ったのであろう。
あの愚かなMRVNに『私はお前の創造主達の仇相手である元アシュレイ・リードで、私の中にアシュレイ・リードはいる』と告げると、煩い愛の言葉は消えるのだろうか?と。
自身のお粗末な思考とこれまでの行動により虐げられ、心折れるのだろうか?
ゲーム外で銃を手に取り、怒りをあらわにするのだろうか?
私の中の『弱い私』は、何故藪蛇な事をしようとするのかと咎めてきた。
一つ離れた岩山に潜んでいて話を聞いてしまったらしい同じチームのミラージュが、パスは既に充分落ち込んでいたのに気の毒だ…と青ざめて縮こまった。
「わーい! アッシュ、今日は君と一緒のチームだね!」
レイスも一緒だ!とパスファインダーは胸からそのままの意味でときめきを飛ばした。
条件反射のように、底無しの明るいトーンが癪に障る。
存在自体は異常だが数少ない常識人思考のレイスは、親密げに青いMRVNの腕を叩いた。
虚空からの監視がどれほどに及ぶか読めないが、愚かなロボットと話す時間もリングの場所によっては確保出来るだろう。
彼女の中ではシミュラクラム仲間から聞いた事の試してみたさと、自分が創造に少しでも関わったらしいコイツがどのような反応を見せるのか…まぁ退屈しないことを望んでいた。
アッシュとレヴナントの会話を知っている今回別チーム配属のミラージュは目線を向けられて手を挙げ、何も言わないと勝手に降参の仕草をした。
彼は人間界での愚かの権化である、と彼女は確信した。
レイスが、自分達の立てこもる建物は襲撃されると出られなくなる可能性があると、ポータルを事前に設置しに外へ駆けていった。
リング位置からして、襲われる可能性はまだ低いだろうが念の為であろう。彼女は支給物資回収もついでにしてくるのだろうなと、アッシュは推測した。
付いていくか迷い、結局パスファインダーは窓から外を眺めることにしたようだった。スコープ無しで落ちて舞う木の葉を見ている様子は、真剣味の無い放置されたガラクタ機械そのものである。
「おい、MRVN…いや、パスファインダー」
呼びかけると即座に窓から離れて、私へ飽きずハートをモニターで浮かべてきた。
「なあに? 今のところゲームは順調に進んでいるね!」
「暇で無駄な時間が多いぐらいです。ところで、ゲームの話ではないのですが…」
「君がAPEXゲーム中に試合以外のことを話してくれるなんて、珍しいね!」
知性のない無邪気な返答がきたが、アッシュはパスファインダーの反応をここでは特に求めていない。次以降こそが欲している本命である。
「貴方は創造主探しをしていて、色んなレジェンドから情報を得て辿り着いたようですね」
「うん! 彼らは死んじゃっていたけど…素晴らしい志を持って成し遂げたマスター達だったことを知れたよ! ボクの自慢のマスターだ!」
「それは…裏切り者のアシュレイ・リードに対してもそうなのですか?」
私は1ミリもMRVNから目を離さずに問うたが、内の博士は落ち着かなさそうに蠢くのが解る。APEXプレデターとしての彼女の矜持はどうしたのか。本当に私を辱める存在だ。
その間、青い機械は人間のようにどこか遠くへカメラの焦点を合わせたかと思えば、彼は口を開くことなく告げた。
「リード博士は他のマスター達と違って目標を成し遂げていないのかもしれない。でもボクは、彼女の事もボクを造ったマスターとして感謝している」
アッシュはふむ…と聴き入るような立ち振る舞いをしてみせた。
「もしアシュレイ・リードが生きていたとしたら……貴方は創造主と会いたがって探し続けた頃のように、真実を知った今も彼女に対して同じ事をしたのでしょうか?」
「彼女は死んだ。ボクが見たログではアメリ・パケット博士が彼女に致命傷を与えていた」
これまでの会話で安っぽくハートを掲げていた奴のモニターは、いつの間にかよく見かける眩しい黄色の笑顔を浮かべ、そして現時点ではどの表示パターンでも適切に表せないのか黒々としており、何も映していなかった。
アッシュは顎に当てた手をそっと下ろす。
さあコイツに、口上では済まない皮肉を与えようではないか。…この機械に対しての嗜虐的思考に関してはレヴナントと気が合いそうだ。
アッシュにしては珍しく、彼女はパスファインダーが確実に聞き逃さないよう優しく丁寧な口調で真実を述べる。実際の口元は上がらずとも、彼女が口角を上げているのは誰もが解るぐらいだった。
話題の人物は、アッシュの内で緊張により架空の息を潜めた。
「彼女は、アシュレイ・リードは未だ生きているのですよ。私の中で。残念なことに、私は彼女のシミュラクラムなのです」
「知っているよ」
存分に溜めた問いを遠慮なく無に帰すような、純粋な声が即答する。
「でも、彼女はあのイベントの時に確かに死んじゃったんだ。今はシミュラクラムとして生きているけど。『生き返った』という表現は正しくなく間違っているのかもしれないけれど、彼女は一度死んだんだ」
アッシュは声を発す時に口元を動かすことはないが、己は『彼女のシミュラクラムなのです』と言い切った形のまま固まっているだろうと思った。完全に彼の混乱を楽しむために蓄えてきたわけだが、不意を突かれて己の方が困惑させられている。
……パスファインダーは、私がアシュレイ・リードのシミュラクラムだと既に知っていた? コイツは知っていてこれまでのような振る舞いをしてきたのか?
いつからだ?
押し黙ったままのアッシュに対し、パスファインダーは彼女がまだ質問していない先の回答をする。
「ボクがリード博士を死んだということにしたい、という話ではないよ」
勝手に話を続けておきながら、慌てたように手を振った。
ここでやっと、彼女の音無き声が波となった。
「…お前はこの事を知っていた? 知っておきながら、お前の創造主を殺した私を『ガールフレンド』や『友』と呼んでいるのか? 思考回路が文字通り壊れているな」
「…うーん、自己判断プログラムを走らせたけど、特に異常は発生してないよ。そして出来れば今もまた君を『元ガールフレンド』でなく『ガールフレンド』と呼びたいんだけどなぁ」
そう言って思い出したかのように、黒く何も映っていなかったモニターに青い泣き顔を映した。
「MRVN、創造主を殺された恨みはどうした? 怒りは? 私は家族でも友でも無いのだろう?」
私としては今も『アッシュ』であるが、せっかくなので『原料』のアシュレイを名乗ってやる。
「イベントの時はそうだね」
「昔のことだから今は違うと? 都合の良い解釈か?」
「違うよ。イベントでリード博士は死んじゃったんだ。そこでボクのマスターを裏切ったのは清算されたんだよ」
……この機械は相も変わらずのんきで真実をそのまま解釈しないように造られてしまっている。
アッシュは押し寄せた疑問に対し、そう抑制した。
「奴1人の死を見たから満足ということか? 6人の命を私一人分で良しとしたのか。嬉しい過大評価だ」
「命の計算でなく……えーっと、彼女はボクを創ることの提案をしてくれたんだ。彼女が言ってくれなければ、ボクは今の形でなかったとしても存在していなかっただろうね。それに、僕にこの顔をくれたでしょ?」
パスファインダーは黄色いトレードマークな表情を映し出し、指さした。
薄暗い室内の中で、彼のアイカメラは己の発する光を周りの反射から取り入れ、輝く。
「で、ブランシウムの研究を皆と一緒に頑張ってたでしょ? でもマスターたちを裏切って皆が死んでしまった。つまりこれはマイナス6。そしてその最中ボクは君を押し返しちゃったし、君は死んじゃった。悲しいし変だけれど、これはプラス2として…」
パスファインダーはところどころ妙な数字を入れて話を続ける。
「そしてキミがいたからアッシュが居る。ボクはアッシュに出会えて嬉しい。全部単純計算でプラスマイナス0だ! 恨みとか怒りはないね!」
やっぱり当然、とばかりに青い機械は満悦した。
「…お前を作った他の創造主が聞けば悲しむだろうなMRVN。お前が何をどう思おうが、裏切り者1人の命と6人の命を同じ価値として考えている。そこに変わりはない」
「ええ!? ボクちゃんと計算したのに。とにかくこれはアッシュ、君だけの話じゃなくて、ボクはリード博士に対してプラスマイナス0だって解りやすく簡単な数値化をしたんだ」
君のことに関してならプラスどころじゃないよ!大好きだよ!と青い機械はハートを浮かべた。
「まさかお前はそのあたりの電卓機どころか子供じみた計算も出来ないとは…」
いつもの明快さとテンポになったパスファインダーに、彼女は先ほどと違って心から額に指を当てた。
「もっとちゃんと計算したほうが良いってこと? じゃあ、リード博士が提案してくれたおかげでボクはミラージュたちに出会えたでしょ? でも博士がイベントを起こしたからボクは記憶喪失になっちゃったでしょ? でもそのおかげでAPEXゲームへ参加することになったでしょ? そしたらイースタンリヴァイアサン・シチューが…」
そこからパスファインダーはブツブツと言葉を並べながら指を折り、指を伸ばし、また指を折り…を繰り返した。
アッシュとしては完全に期待外れな話になってしまったのである。
MRVNがいつからどこまで知っていてこのような態度を取っているのか。そんな衝撃的な疑問は奴による普段の付き纏ってくるハートと笑顔にいつも通り照らされ返し、もうどうでもよくなってしまった。
己の中のアシュレイに、呆れたように言う。
「オリンパスの研究所には各星のエリートな学者が集まっていたと聞きましたが…誰も彼に算数さえ教えなかったとは思いもしませんでした」
「……耳が痛い話だわ」
一人で楽しそうに勝手な思い出を振り返る声がバックグラウンドの中、レイスが次へと繰り出すポータルを開けた。
