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Category:
Fandoms:
Relationships:
Additional Tags:
Language:
日本語
Stats:
Published:
2024-09-07
Words:
2,530
Chapters:
1/1
Kudos:
2
Hits:
33

酸素のないh2oは、孤独なh2分子にすぎない

Summary:

Summary:
(H-O空縁のネタバレ)
「シリウス」を閉じるため栄都が自らを犠牲にした後の朔の話。空は再び青く透き通っているのに、朔はどこか別の所を見ている。新たな活力を取り戻した世界に溢れる色彩とは裏腹に、酸素の志献官の逝去を示す冷ややかな灰色の墓石。朔は、瞳を閉じればその暗闇に燃える、栄都の赤い髪を見たいと思い続けていた。

A Japanese translation of "h2o without oxygen is just a lonely h2 molecule" (ridachouleyde) by twitter user parutena (@paruten48986286).

Work Text:

栄都を失ってから――暖かく、快活で、情熱に満ち溢れた栄都を、シリウスの中に失ってからというもの、朔はほとんど何も気にかけることが無くなった。

自分の一部を失ってしまったことを、朔は分かっていた。2人を結んでいた絆の糸……今、朔の側の糸は、この世界を越える何かを求めて虚空に向かいながら、無気力に垂れ下がっていた。

栄都が戻ってきてくれた時、神が自分を憐れんで、生きる理由をくれたのかとさえ考えた。今それを思えば……自分の望みを見えもしない物に縋るなど、自分はなんて馬鹿らしいのだろうか、と朔は嘲笑した。媒人が、ミラーズの身体の奥深くに埋もれた栄都の魂――栄都の意識に触れる術を示してくれた時、朔が感じたものは、ただ心の底から湧き上がってくる幸福と感謝だけだったのだ。

ほんの三日前、安酸栄都は朔の腕の中で死んだ。オレは借り物の命だから、オレの人生はオレの周りの人たちを救うための、朔を救うための人生だったんだよ、と分かりたくもない馬鹿げたことを漏らしながら。

七瀬は、栄都の弓を抱きしめて、彼が最後に遺した温かさの痕跡を掴もうとしながら、近頃の夜を過ごしていた。それは既に、彼の最愛の兄から無くなってしまったものであったけれど。朔はと言えば、食事を摂ることもせず、鯛焼きを皆に買ってきたとか、とりとめもないことを知らせながら庭から声を上げる栄都の声を聞きたくて、聞きたくて、部屋から窓の外を見つめ続けていた。栄都を失って感じたのは、想像さえしたことの無い痛みだった。

いつも飄々と振る舞い、いつも責任を負う立場として栄都に指示を出し、過去の記憶の重圧に自分は耐えているとばかり思っていたのに。栄都がいなくなってしまって、朔は気がついた。腕を引っ張ってくれていたのはいつだって、明るい、明るい――眩しいほどに明るい、赤い髪の彼だった。

だから、全く以て元気そうに声を張って、顔色の明るい栄都が再び姿を見せた時、朔は本当に安堵して、戦いの最中だというのに、今にも涙が零れそうになった。涙を見せたわけでは無かったけれど。しかし、百冬実に勝利してなお、状況は変わらなかった。シリウスには手が届かず、ましてや撃滅など望めそうになかった。そして、栄都は……周囲から地下牢の中に隔離されていたのだ。彼の中のデッドマターが、細胞の一つ一つを破壊していた。再びミラーズとなってしまうのは、時間の問題でしかなかった。

鐵司令の命令に背くことだと分かっていたが、朔は人目を忍んで栄都に会いに行った。朔は、以前栄都が入院していたときの話を、彼自身と七瀬から聞いていた。栄都は、溺れながら意識が遠のいていくみたいだった、と伝えてくれた。七瀬は、栄都が病床の中でどれほど衰弱し、どれほど青ざめて見えたかを語ってくれた。鉄格子の後ろの栄都を見つめながら、朔は「少なくとも健康そうに見えるのだから」としか考えられなかった。栄都が、自分が使命を持つことの不安や、掴むことのできない存在意義を吐露したとき、朔自身は、形容できない痛みに胸を突かれた気がした。自信に満ち溢れ、自らの理想のために躊躇う事なく戦っていた栄都が、虚無を固めたような冷笑をするまで弱りきってしまったように見えて――栄都のそんな顔など、もう見たくは無かった。

しかし、今となっては、もはや栄都を見ることさえ叶わない。今や存在しているのは、集合写真の中の彼と、志献官名簿、四季が厄介な記者から取り返した隠し撮り、七瀬の財布、死亡記事の中の彼、そして朔の瞼の裏に焼き付いた栄都の姿だけなのだ。

「朔!」あの温かく、優しい声は、戦いの最中でさえ、いつだってとても甘く名前を呼ぶ。犬が苛立った主人に尻尾を幸せそうに振るように。栄都は、三宙が言っていたように、確かに優しかった。けれどそれは、芯のある、馬鹿みたいにまっすぐな優しさだった。モル公は、朝の体操でも元気な栄都をいつも褒めていた。玖苑さんのハグに応えるただ一人の人は栄都だった。指令を待っている時、一那に何を読んでいるのか気軽に訊ける勇気を持っていた。……もしかしたら何も考えていなかっただけかもしれないが。一那はいつも戸惑ったように栄都を見てから、「……本だ」と答えていた。

栄都は六花の退員に反対した一人でもあった。特別技量が優れていると言うのではないが、努力はA+に相当する、と仁武は言っている。十六夜さんも、栄都に好感を抱いていたようだった。七瀬は……七瀬は勿論、兄として栄都を強く慕っていた。「兄さまを嫌いな人はいません」と頑なに言い張っていた。しかし、朔もそれには同意だった。

「朔!」あの時と同じ声が、夢の中で朔の名前を呼んだ。「オレはまだここで生きてるよ、別のところにいるだけだから、大丈夫! そんなに心配するなよ!」栄都は馬鹿だ。お前がここにいないなら、俺のそばにいないなら、手を握ることもキスをすることも、あの日々と同じように鯛焼きを分け合うこともできないなんて、そんなもの、何も意味が無いだろう。

「ここは寒いし、寂しいけど、悲しくなったときはいつも朔と、七瀬と、それからみんなの事を考えてるんだよ……時々オレの家族にオレは大丈夫だって伝えてくれない?」

朔が七瀬と共に、純参位の酸素の志献官、安酸栄都の逝去を彼の家族に伝えに行った日……朔は今までで一番辛かった。しかし、栄都の母親は、涙をこぼしながらただ微笑んだ。「あの子は……結局借り物の命を生きていただけだったから……彼が……彼が夢を叶えることができたのが嬉しいんです……」

「朔、医者を目指すことにしたんだ!? サイコーだよ〜! 朔はすっげー頭良いから、絶対なれるよ!」朔は心を決めていた。知っている……安酸栄都がいなくなってしまったことを、ずっと乗り越えていられるなんてできないことくらい、知っている。自分が水素の志献官だったときと同じように、碧壱の影をあんなにも足掻きながら追いかけたように、この使命を追いかけることができるのか、朔には分からない。

三宙は浮石病院に戻り、経営を立て直そうとしている。朔は……朔はきっと、医者になるため勉強をして、そこで働くのだろう。以前栄都を救い、治療をし、重要な酸素の因子を見つけ出した医者の後を継ぐのだろう。栄都が酸素の志献官になったそもそもの理由が、彼と朔が出会うことに繋がっていた。朔はきっと、多くの子供たちの命を救える限り救うのだろう。自分の命を犠牲に献じ、自分の命は源朔の命を救うための命だったと言っていた栄都の命を救った医者に、感謝を伝えるように。ああ、これが命の巡り合わせというものなのだろうか?

「朔〜! 応援してるよ!」
馬鹿な、馬鹿な栄都。

いつの日か、朔は栄都を取り戻す方法を見つけ出すのだろう。あるいは、あの温もりをまた抱きしめることができるように、自分もそちら側へ渡るのかもしれない。