Chapter Text
東京に行く用事ができたからといって、東京にいる元チームメイトと会う約束を取り付ける必要はない。烏野同期のグループチャットに山口がそんな話題を投げ込んだとき、影山は無反応だったし、僕も何も言わなかった。
でも僕はローマには行きたかった。史学専攻卒として、単純に興味があったのだ。ただ資金は乏しかった。新卒で非正規。少しでも安くなる可能性があるなら賭けたい。
そういうわけで、個別に連絡を入れた。時間はある、と愛想のない返事が来た。
〈行きたいとこある?〉
〈ガレリア2〉
〈どこそれ〉と聞きながらマップで検索をかけていたから、教えられるより早く、新宿にある大型スポーツショップだということが分かった。
一人で行けよ。
と言ってやりたかったけれど、国内最大規模のバレーボール用品売り場という謳い文句を見ていたら、一度覗いてみるかという気分になってきた。了承して、昼過ぎに現地で落ち合うことにした。新宿駅東口で待ち合わせるよりは安全だと思ったのだ。
当日、時間の少し前に現地に着いた。バレーボール用品のフロアに上がってすぐ、黒のジャージ姿の影山を発見した。チームジャパンのロゴこそないが、俺が日本代表だといわんばかりの佇まい。あたりを見回しながら声をかけた。
「王様」
「――その呼び方」
「影山、って呼んでほしいの?」
こんなところで。
日本代表のユニフォームが飾られている方に視線を投げたら、彼は面倒くさそうに首を振ってミズノのシューズに目を戻した。渡航前にいくつかまとめ買いしたいのだと言う。僕は自然な流れで、
「ローマでの家は決まった?」
あまり郊外ではない方がありがたいと思いつつ尋ねた。
「まだ。向こう行ってから紹介してもらう」
「どの辺に住むとかも分かんないんだ」
「どこに住んでも変わんねえだろ」
「……まあ、バレーしに行くだけだもんね」
世界中から観光客が押し寄せる場所に行っても、君はバレーしかしないんだもんね。呆れ半分感心半分で言うと、
「今の、嫌味か?」
滅相もない、と首を振る。バレーのためだけにイタリアまで行ける、世界でも有数の選ばれし者に対して、まさかそんな失礼な。
「家決まったら教えてよ」
笑顔を浮かべて仕切り直せば、やっぱり何か企んでんだろ、と余計に怪しまれた。なくはないけど、どうしていつも悪い方に取るのさ。
シューズを見つくろった影山がサポーターも欲しいと言うので、僕も一緒に物色した。だいたいネットで買うから、現物を見比べるのは新鮮だった。お次はウェアだ。こいつはどうやら全ての棚をチェックするつもりらしい。大物は寮に送り、すぐ使うものだけ持ち帰ると言う。こっちもつられてテーピングやら靴下やら、荷物になるのに買ってしまった。
およそ二時間後、僕らは揃いの紙袋を下げて店を出た。僕は小腹が空いてきていたが、影山が迷わず駅の方向に歩き出したので、まあそうだよな、と思いながらついていった。
あと一つ信号を渡れば駅、というところでスニーカーの紐がほどけていることに気づいた。そして僕がしゃがんだ瞬間、信号が青に変わったらしい。どっと人が動き出し、影山の脚も遠ざかった。
急いで結び直してから立ち上がったが、彼の背中は見当たらない。あの身長なら人混みの中でも目立つのに。
頑張れくらい言っておけばよかったかな。
僕なんかに言われなくても、あいつは一人で頑張るんだろうけど。
思いながら、人の流れに乗って建物の中に入った。改札が近づいてきたあたりで不意に腕を掴まれた。黒いジャージの上下。同じ柄の紙袋。
「……いたの」
驚いてそれしか言えなかった僕に、たりめーだろ、と影山は言った。しかしそれが当たり前だと、僕にはどうしても思えなかった。
「帰っちゃってよかったのに」
「――人がせっかく」
嘘だよ。
被せるようにそう言って、今度は僕が影山の腕を掴み、もと来た道を引き返した。後ろから聞こえてくる文句は全部無視して、再び東口の外に出る。屋内にいたのは一瞬なのに、街を覆う光がやけに眩しく感じられた。
信号は赤。前の人に続いて立ち止まり、手を離して尋ねた。
「ご飯でも食べない?」
思いがけない提案だったのか、影山は目つきを険しくしたが、やがて小声で、
「お前の奢りな」
「今回はね」
二人横並びで横断歩道を渡って、飲食店の多い通りに向かった。これで貸しひとつだ。
