Actions

Work Header

Rating:
Archive Warning:
Category:
Fandom:
Relationships:
Characters:
Language:
日本語
Stats:
Published:
2025-06-05
Words:
4,137
Chapters:
1/1
Kudos:
2
Hits:
54

セント・オブ・ザ・メモリー

Summary:

バレンタインの日にチョコを買うエースとデュースの話。
卒業後、エースとデュースが警察官になっています。

Notes:

(See the end of the work for notes.)

Work Text:

 事の起こりはチョコレートの香りだった。あの日、部屋の隅にいくつも積み上げられた空き箱からは安物のミルクチョコレートの甘ったるい香りがただよっていて、それが暖房であたためられて、部屋の空気は息苦しく感じるほどだった。疲れていたし、甘いものが食べたかった。

 それでつい、手に取った――それだけだ。


 二月中旬、世はまさにラバーズギフト・デイに向けた商戦真っただ中。スーパーは赤やピンクの浮かれた広告で埋まり、デパートの催事場には世界各国の多種多様なお菓子がこれでもかと言わんばかりにズラリと並ぶ、なんだかちょっと浮ついた時期。
「誰だよ、ラバーズギフト・デイなんか考えた奴は!」
 そう叫んで、エースは床にひっくり返った。ラッピング用のちいさな袋やリボンや毛糸やモールやその他細々とした飾りが風圧でふわぁと浮きあがる。薄紙が顔の上に落ちてきたので、ぶうと息を吐いて吹き飛し、ふわふわと舞うその行方を眺めていると、空になったチョコレートの箱で鼻づらを叩かれて「べっ!!」と呻いた。
「こら、エース! 資材が無茶苦茶じゃないか!」
 デュースが箱を振り上げて怒鳴る。
「だって、いくら作っても終わらねーんだもん。デュースさあ、念願の警察官になったのに、こんな仕事してていいの?」
「うぐ……そりゃ、良くはないが。でも、仕方ないだろ。これも業務なんだから」
 デュースは床に散らばった無数の飾りと未開封のチョコレートの山を見回してため息をつく。警察署のキャンペーンの準備である。交通安全祈願のチョコレートと、標語を印刷したカードの配布。チョコっとの油断が命取り。横断歩道ではチョコっととまって左右を確認。ふざけるのもたいがいにしてほしい。
 これは若手警察官恒例の苦行だからとかなんとか言われて、準備作業を職場の先輩に押し付けられたのだった。市販のチョコレートをメッセージカードと一緒に袋に入れて、ちいさなかわいいリボンの飾りをつけて、紙袋に並べていく、初めての人にも安心安全で誰にでもできる簡単なお仕事。大量のチョコとラッピング用品をデュースのアパートに持ち込んで作業すること約二時間、できたのはたったの一〇〇個、目標個数はその五倍だ。エースは床の薄紙をもう一枚、ふうっと吹き飛ばす。
「お役所のくせに民間企業の販売戦略にのっかるんじゃねーっての」
「お硬いイメージのあるお役所だから、こういうイベントで身近なイメージを抱いてもらいたいんだろうな……」
「はいはい、マジレスどーも。あー、もうチョコなんて見るのもヤダ。ちょっと休憩しよーぜ?」
「いや……僕はもうちょっとやる」
「相変わらずクソ真面目だねぇ」
「うるさいな。早く終わらせて買い物に行きたいだけだ」
「買い物?」
「ああ。百貨店にチョコレートを」
 ドタバタ、ドッシーン! 床に座りなおそうとしていたエースは足を滑らせて思いっきりしりもちをついた。
「えっ、なんだ、どうした?」
「いや、『どうした?』じゃねェーよ?! チョコを?! 買って?! 渡す?! 誰に?!」
「ええっと、刑事部のホッブズ巡査部長だが」
「あの人、職場公認のパートナーいるっしょ?! 同じ刑事部のワイルダー巡査部長!!」
「それくらい僕も知ってる。でも、ラバーズギフト・デイの贈り物って、日頃の感謝の気持ちをこめて世話になっている相手に渡すものだし、僕が渡しても別に構わないだろ」
「いや、そりゃ構わねーけれども」
 ラバーズギフト・デイは、元々は「恋人への贈り物をする日」だったと言われているが、いまでは家族や友人を問わず、大事な相手に贈物をする日として認識されており、贈り物の種類もチョコレートのみならず、ケーキや花束、ハンカチなどと多種多様。デュースの言うとおり、職場の先輩に渡している光景もよくみかける。
「お菓子なら手作りすれば? デュース、ケーキ焼けるじゃん」
 お茶会が多いハーツラビュル寮生にとって、お菓子作りは必修科目。三年生になる頃には誰もがロールケーキ程度なら焼けるようになっている。デュースの作ったとろけるプリンや真っ黄色のカステラは好評だったな、とエースは懐かしく思い出す。
「クローバー先輩の手作りならともかく、僕の腕前はたいしたことないし、世話になってる人に渡すのは失礼だろ」
「あーね、まあ、それはそーね」
 素人の菓子作りは苦労の割に美味しくできないし、材料費は高くつく。結局、出来合いを買ったほうが早いし楽だし安いし美味しい。それもまた、ハーツラビュル寮で四年を過ごしたものが身に染みて思い知る教訓である。
「よーし、じゃあとっとと終わらせて、買い物行こうぜ。オレが見繕ってやんよ」
「……とか言って、ちゃっかり自分用のお菓子を僕に買わせるつもりだろ?」
 デュースにじとっと睨まれる。あっ、バレてた。エースはごにょごにょと適当にごまかして、ニコニコしながら作業を進める。そうと決まれば、この程度の作業はすぐに終わらせてみせる。手先の器用さには自信があるのだ。


 駅直結の百貨店八階催事場には「ラバーズギフト・スペシャル・フェア」の横断幕がかけられて、菓子店のブースがいくつも並んでいた。他の階もそれなりににぎわっているものの、このフロアだけは別次元の混雑だ。息苦しくなるほどの人混みのなかで、エースとデュースはフロアマップ片手に立ち尽くしていた。
「予想はしてたけど、スゲー人混みだね」
「ちょっと多すぎないか……?」
「この時期の百貨店なら普通でしょ。来たことねーの?」
「あっ、あるわけないだろ!」
 なぜか慌ててデュースが言った。その返事にエースはなんとなく優越感を抱く。そうか、ないのか。
「で、買い物の目星はついてんの?」
「それが全く……こんなにいろんな種類があるとは思ってなかった」
 催事場に出店しているのは、どこも薔薇の王国の内外にその名を知られた知られた名店ばかり。世界各国の高級菓子が薔薇の王国の百貨店催事場に集結したかのようだ。エースはひときわ大きいブースを指さした。
「じゃあ、無難に『オーリオール』にしとけば?」
 輝石の国発祥、世界中で人気の有名チョコレート店。看板商品の丸くて大きなボンボンチョコは種類も豊富。詰め合わせにして渡せば確実に喜ばれるはずだ。
「オーリオールは僕も好きだが、あれはいつでも買えるだろ。特別な日って感じがしないな」
 それはまあ、そのとおりである。エースはムッとする。こいつは時々、意外なところで小うるさいことを言う。
「なら、あっちはどう? 薔薇の王国の代表的菓子メーカー『茜製菓』。子供向け駄菓子の印象があるけど、プレミアム価格のチョコレートはおとなにも人気だし」
「へえ、懐かしい。茜製菓のレインボーチョコは僕もよく食べた。だけど、先輩に渡すものにしてはちょっと安価だな」
「だったら『ヴァーティゴ』はどーよ。知名度も申し分ないし高価だし」
「ろっ、六粒四千マドル?! 高すぎる!!」
 エースはだんだんイライラしてきた。このヤロー、文句ばっかり言いやがって。
 結局、何も決まらないまま時は過ぎ、エースの喉も枯れ果てた頃、デュースは力なく「もういい、馬鹿エース……」と呟くと、ヨロヨロと人混みのなかに姿を消した。馬鹿とはなんだ、せっかく教えてやったのに――と言い返すつもりが、あまりに不安げな足取りなので憎まれ口もひっこんだ。短時間にチョコレートの知識を詰め込み過ぎて知恵熱が出ただろうか。もうちょっと手加減するべきだったかも。でも相手はデュースだし。なんとなく行方を目で追うと、結局、『オーリオール』で詰め合わせを選んでいる。なんだそりゃ。だったら最初からそれにしとけっつーの。ああ、無駄に疲れた。エースは手近な棚に寄りかかる。
「チョコレートをお探しですか?」
「え?」
 腕の下にはショーケース。棚じゃない。店だ。エースは慌てて手をどける。
「いやあ、ちょっとダチの付き合いで見に来ただけっていうか」
 ふと、ショーケースの中に青い色を見つけて目が留まる。あざやかな青色のチョコレートだ。鉱物みたいにキラキラした輝きと複雑な色彩のグラデーション。陽の光をうけた宝石のような、あるいは誰かの瞳みたいな。
「これ――石?」
「いえいえ、チョコレートですよ。本物の鉱物みたいでしょう?」と、店員は微笑んだ。「溶けてなくなってしまうニセモノの宝石ですが、だいじな誰かと食べた記憶はずっと残りますように。そんな願いを込めているんです」
 へえ、そーなんですね。説明どうもありがとう。いつもならそう言って立ち去っていただろう。でも、ちょうど甘いものが食べたかったので。
 人混みのなかでもみくちゃになったデュースが先ほどよりもヘロヘロのヨレヨレになって戻ってきたとき、エースは何食わぬ顔で出迎えて、憎まれ口のふたつやみっつも叩きつつ、アパートへの帰路についた。エースの鞄の中ではちいさな箱がカタカタと揺れていた。


 交通安全キャンペーンのラッピングは終わったものの、デュースのアパートには紙屑やリボンの切れ端が散乱して酷い有様である。片付けも手伝わないとチョコ配りは一人でやらせるぞと脅されて、床を掃いて掃除機をかけ、ラッピングしたチョコレートと余った資材を手分けして持ち帰る算段をつけた頃には、エースはテーブルに突っ伏していた。ああ、なんか、いろいろと無駄に疲れた。
 同じくテーブルにおでこを乗せていたデュースがため息とともに立ち上がると、パタパタとキッチンにむかい、冷蔵庫から取り出したものをエースの目の前にカタンと置いた。
「あ? なにこれ?」
「……買い物を手伝ってくれた礼だ」
 プリンである。白い陶器の器にはサランラップ。デュースの手作りだ。
「えー。どーせなら、百貨店のチョコがよかったなあー」
「何言ってるんだ、勿体ない」
「勿体ないって、それどーゆー意味?」
「何食べても一緒なんだから、お前にはこれでじゅうぶんだろ」
「はあ? バカ舌デュース君と一緒にしないでくれます?」
 なんだよ、せっかく手伝ってやったのに。エースは容器にスプーンを突っ込み、プリンをがばっと掬いとる。相変わらず、デュースの作ったプリンはあざやかな黄色だ。口に含むと、卵とミルクの風味がふうわりと広がり、単純作業と人混みに疲れた細胞に滋養がしみわたっていくようだ――いや、そりゃまあ美味いんだけど、百貨店であんなにたくさんのチョコレート菓子を見てきたあとだから、やっぱりチョコレートも食べたい気分。
 エースは鞄に突っ込んだままのちいさな箱に手を伸ばす。別に、誰かにあげたかったわけじゃない。自分が食べたくて買ったのだ。パッと取り出してちゃちゃっと口に放り込めばいいだけのこと。買ったのはオレなんだからどうしようがオレの勝手だし――たかがチョコレートの箱ひとつにドキドキハラハラしちゃって、馬鹿みたいだし。
 チョコレートの箱を包んでくれた店員さんの顔を思い出す。繊細なリボンと金色のシール。一目で贈り物だと分かるラッピング。だれかと食べた記憶。
「デュース、あのさ――」
 デュースが不思議そうな顔でこちらを振り返る。エースはゆっくり口を開く。ここで選んだことばが、このあとのふたりの関係を変化させるのかもしれないと予感しながら。

 だから、事の起こりはチョコレートの香りだった。
 あの日のことを思い出すたび、甘い香りで満たされたちいさな部屋の空気が胸いっぱいによみがえるのだ。

Notes:

【公開記録】
2025/02/09 恋直VR2025にて無料配布
2025/07/01 AO3にて公開

★「kudos(いいね)」押してもらえると嬉しいです!(ゲストでも押せます)
★ご意見・ご感想はこちら(Googleフォームが開きます)