Work Text:
突然息苦しさに耐えられなくなって、タートルネックの首元を緩めた。吸い込んだ空気が、太陽に焼かれた砂浜の熱気のように、凍った肺を焦がし、とうの昔に凍てついたはずの涙が、冷たい頬を一筋流れ落ちた。
少しでも得点を稼ごうと鎬を削るダンサーがひしめき合うフロアで、規定などそっちのけで、身体の赴くままに刻まれるビート。あんな風に踊った事などない。あんな風に踊れるなんて知らなかった。
息苦しい事など、生きる事と、それは即ち踊る事と同義であった筈なのに。着心地が良かった筈の、リアナに貰ったセーターをトイレで脱ぎ捨てた。シャツ一枚で、洗面台の鏡に向かってホールドの姿勢をとる。伸ばした首筋の筋肉が、熱く震えた。
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「つまんねぇ。」
冷えて硬くなった指先の細い血管に、心臓から運ばれた熱い血液がじんと流れる温度差の、鈍い痛み。
自ら吐いた息が白く、ルンバのリズムと共に身体に纏わりついて離れなくなった、彼の煙草の煙のようだった。しかし無味無臭の震えた吐息は、一歩も踏み出せないまま冷気に溶け込んで消えてゆく。
冬の夜風が頬を切り付けるのも構わず走り出した。早く、早く。首周りではためき纏わりつくマフラーが邪魔で、投げ捨てた。早く、もっと早く。
人気のないホームに駆け込み、停車中の空いた車内に彼の姿を見つけた時、首元にじわりと追いついてきた汗が滲んだ。彼はいつだって酷く薄着で、首筋に触れるとその体温で火傷をしそうだった。
「嫌ならやめても。」
唇の重なりは、ホールドした指先の延長線上にあって、動き出した電車の自由律に合わせて刻むステップが、灰色に湿ったブラックプールのコンクリートと、ハバナの熱く乾いた砂浜を自在に行き来する。
クリスマスの装飾のテープが絡まって、まるで命綱のように二人の首に巻き付き、太陽のような男と分け合う地下鉄のカビ臭い空気が、凍りついた山の頂でもたらされた酸素のように全身に染み渡った。
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怯えた指先が、彼の首を締め付けていた。何にも拘束される事を知らない日に焼けた肌に食い込む、白くて大きな死神のような手に、青白い血管が冷たく浮かんでいる。
人を支配下に置く後ろ暗い喜びを、彼の歪んだ顔に走る鈍色のチェーンが阻んでいた。
「あなたはもはや敵なんですよ。」
どうして触れる事ができると思ったのだろう。覚悟もないくせに走り出してしまったのだろう。支配する喜びしか知らないくせに、支配できないものに焦がれたのだろう。
「そうじゃないだろ。」
所詮死神は天使と交わる事などできない。これ以上近づいては、溶けて堕ちてしまう。
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黒いドレスを纏った彼女の手を離し、送り出されたダンスフロアに一人で立つ。
「僕と踊ってくれませんか。」
勝手に焦がれて救われて、訳もわからず求めた末に、自ら離した手を差し出す。支配する喜びと苦しさの、対極にある場所。存在さえも知らなかったその場所に、辿々しいフォームで立ち、一歩踏み込む怖れに震えながら、生まれてはじめて呼吸の仕方を思い出していた。確かに重なった指先から、熱い血液が流れ込んでくる。首に重たく下がる枷のようなメダルを、彼はいとも簡単に放り投げ、ダンスフロアで向かい合う。
ハバナでも、ブラックプールでもない、二人手を取り合った、この東京の空の下。
さあ、踊ろう。
