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日本語
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Published:
2026-07-01
Words:
13,684
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1/1
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2
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6
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29

百年後

Summary:

ドラマシリーズから100年後の物語。
ネヴァロの独立100周年を祝う式典に参列するため、数年ぶりに自宅に帰るグローグーの話。

Notes:

映画の予習がてら見始めた『マンダロリアン』ドラマシリーズがハチャメチャに面白くてとんでもない勢いで沼に落ちました。本編のひとたちが皆いなくなってもあの子は生き続けるのだなあ…としんみりしつつ、でもぜったい大丈夫の気持ちを込めて100年後の話を書きました。話の都合上、ヨーダを登場させましたが、Ep5で「わしのじゃ!わしのじゃ!」しているときのイメージで書いています。かっこよくなくて申し訳ない。

スターウォーズ初学者につき、設定間違いや解釈違いは多めに見て頂けるとありがたいです。
・観たことがある→Ep1/2/3/4/5/6/7/8/9/ローグワン/マンダロリアン(ドラマ・映画)
※だいぶ昔に観て記憶があいまいなものも含む
・視聴中→クローン・ウォーズ、キャシアン・アンドー

少しでも楽しんでもらえれば幸いです。

(See the end of the work for more notes.)

Work Text:

 

 Lonely Road, Not Alone

 

 遠くのほうで、誰かが彼を呼んでいた。懐かしい声。もう思い出のなかにしか残っていない、くぐもった、ささやくような、少しかすれた、静かな声。しかし、彼は目を開かない。それが現実のものではないと知っているから。

 ふたたび、声。先ほどよりも近づいた。
 彼の耳がすばやく動く。
「ディン・グローグー!」
 彼はゆっくりと瞼をもちあげる。

 薄い青色の空には灰色のかすんだ雲がたなびいている。火山と焦土の惑星ネヴァロにとって典型的な空。黄色い太陽は天頂に至り、身体の下では船がやけどしそうなほどに熱されている。彼は上半身をゆっくりと起こす。レイザー・クレストの胴体は最近サビ止め塗料を塗りなおしたばかり。それがピカピカと銀色に鋭く照り返すせいで寝起きの目には痛いほど。

 目を細めて左右に首を振り、そしてギョッとする。傍らのランドリーバスケットのなかで、洗濯物がしわくちゃのまま乾いている。船前方に並んだ二発の銃にはロープが渡されて、白いタオルやシャツが一枚、さみしげにはためいていた。洗濯の途中に昼寝してしまったのだ。このところ仕事の依頼が立て込んでちゃんとした睡眠をとれていなかったし、今日はとても気持ちのいい天気だったから――ため息とともに立ち上がろうとしたら、頭上に突き出たブリキ板に後頭部をガツンとぶつけて目から星が飛び、おもわず一步後ずさった先でニクロムヒーターの先端を踏みつけて悲鳴をあげた。未加熱だったのがせめてもの救い。排熱ミキサーの調整をしようと右エンジンの配線ホルダーを開いてそのままだった。

 数時間前の自分のいくつもの不始末を見渡して、彼は深くため息をつき、傍らに置いた布製マスクを苛立ちとともにガボッとかぶる。

 声の主は、ガション、ガション、と音を鳴らして近づいてきた。
「待っていたよ、ディン。遠いところをよく来てくれた」
 ネヴァロ・シティのドロイド保安官・IG-1103はそう言うと、胴体をぐるりと一回転させた。

「友達の街の式典だからな」
「友達?」
「君のことだ」
 マスクの奥で、彼は目を細めた。
「幼い時、よく一緒に遊んでくれた」

 IG-1103はネヴァロ・シティの初代保安官のパーツを受け継いで、現在三代目が街の治安活動に携わっている。しかし、IGシリーズのパーツが生産中止になって久しい。規格に完璧に対応できるメモリは既になく、記憶領域から移植できる部分だけをなんとか引き継いでいる。メモリにはいまや二五年より前の記憶はほとんどのこってないはずだった。

 高速の演算処理が引き起こすかすかな駆動音ののち、IG-1103は「そのようだ」といった。「私も友達に再会できてうれしい」
 調子をあわせたわけではなく、どこかのメモリの片隅に、きっと一緒に過ごした記憶の断片が見つかったのだろう。マスクの下、ほんのすこしだけ口元が緩くなる。

「しかし、来るならば前もって知らせてくれ」
「それは」と、彼は言った。「……手を煩わせては悪いかと思って」
「市長のことか。彼ならば――」
 そのとき、悲鳴のように甲高い声が草原に響いた。
「ディン様!! 来てくださると信じてました!!」

 ああ、だから知らせたくなかったのだ。彼はこっそりため息をつく。
「……あー、どうも、お久しぶりです、市長」
「お久しぶりです。近頃はちっともお見えにならないので、今日もいらっしゃらないかとおもっておりましたのに、お忙しいところ遠路はるばるこのネヴァロの為にお越しいただいて、私《わたくし》、いま歓喜に打ち震えておりまして、とても感激しております! それで、祝賀パーティーにも参加していただけるのですよね、もちろん?」

 興奮を隠すつもりもない市長に息継ぎなしでまくしたてられ、彼はおもわずのけぞったものの、なんとか神妙なそぶりを取り繕ってゆっくり頷き、「考えておきます」と言った。パーティーだって。行きたくないな。よし考えた。はい、おわり。

 市長は感無量の様子で胸に両手をあてた。
「この街に生まれ育った者であなたの名を知らぬものはおりません。なんといっても、あなたは『伝説』なのですから! パーティーの場で海賊撃退の武勇伝を聞かせていただけるのを楽しみにしておりますよ。それで、これからどうなさるのです? 街に向かわれるのでしたら、スピーダーを呼びましょう」
「まずは船の片付けをしないと。それに自宅に立ち寄りたいので」
「ではご自宅までお迎えを」
「いえ大丈夫、お気遣いなく、どうも御親切に」

 何度目かのやり取りの末、市長はようやく諦めた。名残惜しそうに何度も振り返りつつ、スピーダーのほうへとトボトボ歩いていく。うなだれた後ろ姿がじゅうぶん離れたことを確認して、彼は胸にため込んだ息をおもいきり吐き出した。
「どうした」と、IG-1103が言った。
「ちやほやされると居心地がわるい」と、彼は答える。
「なるほど。しかし、市長に悪気はないのだ」

 それは知っているが、だからこそ余計に困る。あの市長はおとぎ話の登場人物に出会えてはしゃいでいる。まことしやかに伝わるおとぎ話だけが一人歩きして、どこまでも尾ひれを伸ばしていく。自分は伝説の存在でも物語の主人公でもないというのに。

 IG-110はグリンと胴を回転させた。
「ではまた、式典で会おう」

 背の高い影が市長に続いてスピーダーへと向かい、火山性の灰色の土埃を巻き上げながら広野のむこうに走り去っていくのを見送って、彼は船内へともどった。誰もいない船内で顔のマスクをむしゃくしゃしながら剥ぎ取り、両手をのばして伸びをする。そして、しわくちゃの洗濯物とぶちまけたままの配線、どちらをさきにやっつけようかと、またひとつ深いため息をつく。

 

          ***

 

 街へ着くと彼は市庁舎へとは向かわず、マーケットを抜けて、いくつか路地を曲がり、石畳の道を進んだ。いくつめかの角で、ほかの建物よりもいくぶん煤けた古い建物の前にでる。外壁には『グリーフ・カルガ記念初等学校』と記されたパネル。中に入ると、教室に人影は少ない。休み時間なのだろう。中庭からはこどもたちが遊ぶ声がかすかにひびいている。

 薄暗い教卓の片隅で、授業用の星図を編集中のドロイドに声をかける。
「こんにちは、先生」

 ドロイドは緩慢な動作で顔を上げると、かすかな駆動音とともにアイ・センサを何度か拡大縮小させた。そして、彼の姿を上から下まで時間をかけて眺めたのち、「これは珍しい卒業生ですこと」と言った。

「すこし背が伸びましたね、ディン・グローグー」
「そうかな」
「ええ、伸びましたとも。前回の記録から0.3センチ」
 彼は苦笑する。誤差の範囲である。

 彼が学校に通っていたのは、もう何十年も前の話だ。父と一緒にあちこち旅していたのでしょっちゅう欠席していた素行不良の生徒だったが、初等学校のデータベースにはまだ彼の記録が残されている。ドロイドが変わってもデータベースは引き継がれているので、この学校はいつも彼を卒業生として迎え入れてくれるのだった。

 先生は星図作成の作業を終えると、両目をピカピカさせながら、ピピーッと笛のような音を出した。
「皆さん。きょうはこの学校の卒業生、ディン・グローグーさんが来てくれました。彼はいま、アウター・リムの各惑星をめぐっては、現地の治安維持活動に努めています。貴重な旅のおはなしをたくさん聞かせてもらいましょう」

 生徒たちはにわかに騒がしくなった。
「えー、卒業生?」
「うっそだー、僕らよりちいさいのに?」
「まだこどもじゃないのお?」

 彼の体躯は一般的なヒューマンの膝程度しかなく、あまりに小柄で、はじめての場所ではどこへいっても似たようなことを言われる。もはやすっかり慣れてしまったとはいえ、さすがに明け透けすぎて苦笑する。先生は「みなさん、失礼ですよ!」と焦った声をだした。
「彼はりっぱなマンダロリアンとして銀河の平和を守っているんです。ちゃんと礼節をもって接しましょう」
 いや、それも結果的に時々そうなるだけで積極的に平和維持活動に努めているわけでは――と、口を開こうとした、そのときだ。

「マンダロリアン?!」
「惑星マンダロアの伝説の戦士?!」
「すごーい!!」
「初めて見たー!!」

 突然の大歓声に耳が痺れるほどだった。たしかに、マンダロリアンの人数はいまもさほど多くないが、この惑星でこれほど驚かれるのは想定外だ。彼は軽く咳払いをする。
「……マンダロリアンならブロッチ渓谷へ行けばいつでも会える。あそこは今もマンダロリアンの土地だろ。ネヴァロの初代市長がそう約束した」
 生徒たちは顔を見合わせる。
「そうなの?」「さあ」「しらなーい」

 ドロイド教師は目を何度かピカピカさせて次のように説明した。
「ええ、ええ、そのとおりですよ。ネヴァロ・シティの溶岩平原は、ブロッチ渓谷までがマンダロリアンの土地として割譲されました。昔はマンダロリアンの駐屯地がありましたか、惑星マンダロアの復興により、ネヴァロ在住マンダロリアンは徐々に母星へと帰っていき、彼らが完全に立ち去ったのはおよそ二十年前のことです。ネヴァロとマンダロアはそれ以降も友好関係を築いていますが、こどもたちがマンダロリアンに出会える機会はそう多くないでしょう」

 そうだっけ? たしかに以前、そんな話を聞いた気がするけれど。でも誰から聞いたのだろう。マンダロアで? それともネヴァロ? しかし二十年? そんなに昔のことだったろうか。ついぼんやりと記憶の糸を辿っているときだった。 

「こんなチビのマンダロリアンなんかいるわけないだろ!」
 教室の隅から鋭い声が飛んだ。
「マンダロリアンはベスカー合金のヘルメットをしてるんだぞ。こいつは偽物にきまってる!」

 おやまあ。彼はマスクの下で苦笑する。たしかに彼の服装――顔を覆う砂色のマスク、同色のフライトジャケット、ゴーグル、皮のショルダーバッグ――は伝統的なマンダロリアンの装備からは程遠い。だが、未知のことは口にせず、だ。彼は手近な机からペンをすばやく手に取ると、教室の後方めがけて投げつけた。ペンは一直線に部屋を横切って掲示板に深々とささる。

 その場にいる全員がシンと静まり返ったのを見届けて、低い声音で言った。
「マンダロリアンとは恰好ではない。生き延びるのを諦めないための教義だ。ぼくはアーマーを身に着けてはないが、ペン一本で相手の命を奪う知識と技術がある。いまここで試してみるか?」

 耳の奥がぞわぞわするほどの静寂。少しやりすぎただろうか――と心配になりかけたころ、教室じゅうが地響きみたいに沸き立った。生徒たちは全員、彼を糾弾した子も含めて、見開いた目をキラキラさせて彼を見つめていた。

「うおお、すげー!」
「小さいけどほんものだあ!!」
「もう一回やって、私のペン貸したげるから!」
「ねえねえ、ものさしでもできる?!」

 教室中のこどもがガタガタと騒々しく椅子を蹴って立ち上がり、あっという間に囲まれてしまった。こどもといえど彼の身長の二倍は軽く超えるのだから身動きできない。彼は戸惑う。なんの変哲もない筆記用具が突如として「伝説のマンダロリアンの暗殺武器」に変身したというのに、どうして軽々しく近寄ってこられるんだよ。ペンで殺されるとかおもわないのか。いまも決して治安の良くないアウター・リムで暮らしてるんだから、もう少し警戒心を抱いたほうがいいんじゃないのか。軽く脅かすだけのつもりが、どうしてこんなことに。

「さあさあ、みなさん。ディンさんを困らせてはいけません。おしゃべりはこの辺にして、授業を始めますよ。それにこれ以上、壁を傷つけてはいけませんからね?」
 先生ににらまれて、彼は軽く首をすくめる。

 先生は何度か注意を繰り返し、最終的には大音量のビープ音を教室じゅうになりひびかせることで、ようやく生徒たちは席に戻っていった。全員が着席したのを確認して、先生は教室の壁にホログラムを展開した。
「今日はこの街の成り立ちについて復習しましょう」

 

 惑星ネヴァロの首都、ネヴァロ・シティ。

 ABY110年現在、同市は銀河を横断するハイディアン・ウェイの終着点に位置する重要な交易拠点としてその名を馳せている。

 しかし、繁栄に至る道のりは決して平坦なものではなかった。旧共和国の時代、法による統治はこの惑星には及んでおらず、アウター・リムの多くの惑星と同様に、犯罪の温床と化していたのである。銀河帝国の台頭に伴い、その戦略的な立地から軍事基地が建設されると、内戦終結までの長きにわたって帝国の支配下に置かれた。帝国の崩壊後も、同市は賞金稼ぎや犯罪者の隠れ家であり続け、一時は帝国残党による軍事占領下に置かれることさえあった。

 そのような状況下であっても、初代市長と地元住民のたゆまぬ努力によって秩序を回復、中央政権や帝国から完全に独立した惑星としての地位を保つことに成功。数多の困難を乗り越えながら、都市開発やインフラ整備を通じて商業地区を拡大した同市は、火山性鉱物を用いた工芸品の活用や温泉への観光客誘致をおこない、今日《こんにち》のような重要な地位を築き上げたのである――。

 

「それ、知ってる!」と、生徒が叫んだ。「海賊のおはなし、聞いたことあるよ!」
「ええ、そうですね。惑星ネヴァロの元監督官であり、この学校の創設者でもある偉大なるグリーフ・カルガ初代市長は、マンダロリアンたちの力を借りて海賊を追い返しました。この街では有名なおはなしです」

 偉大なる、だって。彼はマスクのしたから笑いが漏れそうになるのをどうにか噛み殺す。カルガおじいちゃんには偉大ということばは似合わないような気がする。おじいちゃんはずいぶん甘やかしてくれた。学校帰りに「パパには内緒だぞ」と言いながらおかしを食べさせてもらったのも、一度や二度ではない。

 ふと、視線を感じて顔を上げると、生徒たちがじっと彼のことをみていた。
「ねえ、そこにディンもいたの?」
 生徒のことばに「ああ」と、彼はうなずく。

 繫栄を謳歌するネヴァロだったが、あるとき、海賊に目をつけられた。街を乗っ取った海賊たちは破壊の限りを尽くし、住民はかろうじて西の溶岩原へと逃げ延びたが、荒くれ者の海賊たちを前になす術はなかった。だが、そのとき、空から大勢のマンダロリアンが現れて海賊たちを圧倒した。銀河広しといえど、戦闘技術でマンダロリアンの右に出るものはない。追い詰められた海賊たちは、乗ってきた海賊船ごと街へめがけて突っ込もうとした。絶体絶命! ――だが、間一髪のところで、マンダロア再建の立役者であり復興の礎として知られるボ=カターン・クライズが、戦闘機を率いて海賊船を撃墜し、市街地のない丘陵地帯に墜落させた。

 こどもたちは目をおおきく見開いて、口は半開きのまま声は出さずに耳を傾けている。当然だ、絵本やおはなしのなかでしか見たことのない出来事を、実際に見てきたものが語るのだから。

 だが、彼は本当にほんとうのことは語っていない。たとえば、海賊船を撃墜したのはN-1スターファイターだったこと。海賊船に最後の一撃をおみまいしたのは彼の父だったこと。父のなまえは歴史の教科書のどこにも載っていないし、ホログラムの資料のなかにもでてこない。それは歴史の末節だった。父も別に歴史に名を残したいとはおもっていなかったはず。なので、これでよいとおもう――あのひと、昔は「伝説」とか「最強」とか言われたらしいが、古典主義的マンダロリアンが当時は伝説級に珍しい存在だったからそんなふうに言われただけで、強い人だったけど「最強」ではなかったし、ランコアを乗りこなそうとして食べられかけてたひとに「伝説」の称号は似合わないし。

 懐かしい記憶にほおが緩んだときだった。
「ディン様! みつけましたよ!!」
 甲高い賑やかな声が教室に響き渡った。
「……これはどうも、市長」

「ああ、どうかお気になさらず。私、この程度の苦労は苦労とも思わない質なんです。それに、こちらにいらっしゃるとおもっていたのですよ。この街に訪れるたび、こどもたちへの啓蒙に努められているお姿を何度も拝見しておりましたから! ですが、そろそろ式典がはじまる時間ですし、お召し物もどうにかしなくては。ですがご安心ください、外にスピーダーを待たせておりますから市庁舎まではあっという間です!」

 市長に背中を押されつつ、彼は深く長くため息をついた。
「先生、おじゃましました」
「いえいえ、とんでもない。またいつでも顔を見せに来てくださいね。皆さん、ディンさんにお礼を言いましょう」
「ディンせんせー、ありがとー」
「また今度お話聞かせてねー」
 彼はこどもたちの歓声に軽く手をあげて答えた。

 スピーダーに押し込まれ、市庁舎までの道をゆくあいだ、彼はふと考える。果たして「今度」はあるだろうか。あの子たちはあと十年もすれば学校を卒業して別の場所にいるはずだ。いつまでもこどもの背丈のまま取り残されるのは彼だけではないだろうか。

 

          ***

 

 式典は市庁舎前の広場で執り行われた。ダリクロン宙域内の惑星章を描いた旗がいくつもはためき、陽気な音楽が奏でられて、誰も彼もが浮かれ気分で酒に酔って、たくさんの郷土料理がおおきなテーブルを彩った。

 あてがわれた服にしぶしぶ着替えて(クラシカルな黒スーツ! 勘弁してほしい)、惑星マンダロア代表としての祝辞を述べ(マンダロア政府から持たされた、アウター・リムの独立惑星ネヴァロとの友好関係を引き続き継続していきたく云々)、観衆にウケそうな当たり障りのない思い出話をいくつか披露して(先ほどリハーサルは済ませてきた)、隙あらば勧められる食事を教義を理由にどうにか断り(そのかわりお土産をたくさん持たせてもらい)、ようやく自宅に戻ったころには辺りは闇に包まれていた。

 ネヴァロの日暮れは速い。ほんの十分前まで青色だった空にはもう星がちらついて、水平線は赤黒い色に染まっている。くたくたに疲れた身体でドアにもたれかかり、難儀しながら差し込んだ鍵を力任せにまわし、ため息とともにドアを押し開けた。

「……ただいま」
 当然、返事はない。

 足元の床で埃が舞った。建物の隙間から吹き込んだ砂と枯草と虫の死骸で部屋はひどい有様だ。いったい何年分の埃が積もっているのだろう。前回の帰省から三年、いや、五年? 短くため息をつくと、ホバーワゴンに積んできた新品の掃除道具を運びいれる。

 少し前、といっても十年以上前になるが、前々回の帰省まではアストロメク・ドロイドのR5に留守の自宅を任せていた。中央処理プロセッサの挙動が怪しくなって記憶領域に障害が出はじめて、主電源を切ったのだった。メモリを変えれば挙動は安定するはずだが、記憶も消えてしまう。彼はまず、部屋の片隅でしずかにたたずむR5を柔らかい布で拭いてやる。ドロイドは人の役に立つのが仕事のはずなのに、これじゃあべこべだな、と少し可笑しい。新しいドロイドを雇うことも考えたが、やめた。この家に素性の知れないドロイドを連れ込むのを、あのひとはきっと嫌がるだろうから。

 華やいだ式典の場を離れ、黙ったままのR5のそばにいると、静けさがしんしんと身にしみてくる。次に電源をいれたとき、R5は彼のことを覚えているだろうか? いや、考えるのはよそう。彼は頭を音がするほど左右にブンブン振って、箒の柄を握り直す。こういうときは身体を動かすに限るのだ。

 棚に積もった埃を払い、床のごみを掃きだしていると、古いおおきな焦げ跡が目に入った。彼はふっと微笑み、膝をついて黒ずんだ跡をなでる。昔、ブラスターの口に小石を詰めて暴発させたときにできたものだ。光線と一緒に石も飛びだせばより強力な武器になるとおもったのだ。それで、だいじな商売道具をひとつダメにした。この事件がきっかけで、ブラスターの分解と組み立てを叩きこまれることになった。そもそも銃を持てるような身長ではないというのに、完璧にできるようになるまで何度も何度もやらされた。曰く、武器の特性を知れば無茶な改造はできないとわかるだろう。マンダロリアンたるもの、武器の取り扱いには精通していなければならない。そして自分がしたことに責任を持たねばならない。それが道理だ《this is the way》――などなど。おかげでいまも、ブラスターは使わないのに分解と組み立てはできる。教育の賜物である。

 さらにもっとよく目を凝らせば、家具や武器やアーマーがこすれたりぶつかったりしてできた細かな傷がそこらじゅうにたくさんある。絨毯はたべものをこぼした跡だらけ。あの赤っぽい染みは、欲張ってカップになみなみと注いだポグスープを運ぼうとして派手にぶちまけたところだし、真ん中あたりの青っぽいやつはブルーゼリー、いや、ブルーマカロンのクリームだったかな。どちらにせよどっちも溢したことがある。そういえば、どちらも長いこと食べてない。特別おいしいわけではないが、あのころを思い出せる懐かしい味。いまも市場で買えるだろうか。もし見つかったら、いくつか買って、船に積んでおこう。今度の旅もまた長くなるはずだから。

 掃除を終えて部屋中の窓を開け放つ。じっとりとよどんだ空気が次第に入れ替わり、乾いた風が彼のおおきな耳朶を撫でていく。汚れた布巾をとりかえると、調理場の皿や鍋に降り積もった埃をひとつずつ丁寧にぬぐう。かつてこの家に暮らした人がそうしたように。

 

          ***

 

 家じゅうの掃除を終えて、ようやく椅子に腰をおろし、式典でもらった軽食を平らげて、暖かい飲み物を飲んだあと、はっと気付いたときには深夜になっていた。彼はゆっくりと身体を起こし、こわばった肩をまわして、突っ張った頬をゴシゴシ撫でる。目の前に置かれたカップのなかでは飲み残されたお茶がすっかり冷めていた。眠ってしまった。昼間も昼寝したというのに――そのとき、彼の耳が神経質そうに小刻みに震えた。

 誰かを呼ぶ声。それに足音。少なくとも五人。

 床下から排水溝の抜け穴をつかって外にでる。建物の陰に身を潜め、暗視スコープで周囲を伺うと、レイザークレストへとむかう人影を捉えた。耳をそばだてる。運搬。買い手。部品。なるべく傷つけず。

 ――密猟者だ。

 レイザークレストは旧共和国末期の骨董品。クローン戦争期に建造された軍用艦で航空史的にも重要な機体。板金ひとつとってもオークショニアの間で高額取引されるはず。マンダロリアンの帰還に気づいたならずものたちが、部品を目当てに集まってきたのだ。

 彼は物陰で立ち上がると、密猟者たちにゆっくりと近づく。足音に気づいた数名ははやくも腰の獲物に手を伸ばしている。緊迫した空気が張りつめる。リーダー格とおぼしき眉間に入れ墨を彫った男が視線をよこす。

「おやまあ」リーダーの男が言った。「こどもがこんな夜中に出歩いちゃダメだなあ。おうちに入ってミルクでも飲んでおいで。子守唄でも歌ってやろうか?」
 リーダーの猫なで声に部下たちが笑う。
「さて、パパはどこかな? それともママ?」

「残念ながらどちらも不在だ」と、彼は答え、胸の前で腕を組み合わせた。「ここの家主は私だ。用件を聞こう」
「……まさか、おまえがレイザークレスト所有のマンダロリアンだと?」
「いかにも」

 すると、密猟者たちは声をあげて笑う。こんなチビが。こりゃ傑作だ――。
 だが、リーダー格は笑わない。スピーダーに寄りかかり、じっとこちらを見つめている。

「ベスカーが見当たらねえな」
「あいにく、ヘルメットを被れるほど丈夫じゃないもので」
「でも、どこかには持ってるんだろ。マンダロリアンなら」

 密猟者たちの視線が彼の身体をなめまわす。どこかにベスカーを隠してないか探っているのだ。チラチラと家のほうを窺うやつもいる。クローゼットに吊るしてあるとでもおもっているのだろうか。昔からベスカー合金は法外な値段で取引されている。レイザークレストでもベスカーでも、彼らにとってはどちらでもいい。あわよくば両方奪い取るつもりだろう。

「俺たちゃ、あんたに用はない」と、リーダー格の男が言った。「お船をちょっと貸してほしいだけさ。黙って見てるってんなら、怪我をせずに済む」
「嫌だと言ったら?」
「まだ立場が分かってないようだな、坊や?」
 リーダー格がブラスターを構えると、部下もそれに続く。四つの銃口が彼に狙いを定める。
「船をよこせ。さもなければ死ね」

 四対一。まあ、そんなに悪くない確率だ。
 彼は組みあわせた腕をゆっくりほどく。

「その船に少しでも触ってみろ。どこへ逃げても必ずおまえたちを見つけ出す。この銀河じゅう、逃げ隠れできる場所はどこにもないぞ」

 次の瞬間、四つのブラスターがほとんど同時に閃光を放った。だがそのとき彼は既に空中にいる。軽々と跳躍すると屋根に飛び乗り、干したばかりの湿ったシーツを力任せに引っ張った。標的を見失ってあっけにとられる密猟者たちの頭上にシーツをかぶせると、リストバンドに仕込んだワイヤーを放つ。一網打尽だ。

 だがそのとき、背後から新手が登場する。建物の左側にひとり。ずっとかくれて様子をうかがっていたのだろう。彼はジャケットからさきほど磨いたばかりのフォークを顔面めがけて投げつける。おおげさな悲鳴とドタバタした足音。額にフォークが刺さった男が暴れている。フォークと共にあれ《MAY THE FORK WITH YOU》、なんて。

 暗闇に赤い光が走る。ブラスターだ。シーツの下からもう脱出を果たしたのか。避けようと思えば避けられたがあえて胸でまともに受け止める。衝撃で身体が宙に浮き、後ろ向きで地面を転がり、背中をしたたか打ち付け、一瞬、息ができなくなり――狙い通りの場所までうまく飛ばされた。

 繊維のこげる嫌な臭いが鼻をつき、焦げ付いた服の下から銀色の胸当てが覗いた。彼が身につけるほとんど唯一のベスカー合金の鎧。ブラスター程度じゃ掠りキズ一つつかないが光線が当たれば普通に痛いし、直撃すればふっとばされる。父はこんなのを何発も受けてよく平気な顔をしていられたな? 実は平気じゃなかったのかも? 彼は少しばかりイラッとする。あのひと、ぼくには散々「無茶するな」と言ってたくせに、自分は無茶苦茶やってたな。

 やったぞ、命中だ、死体を確認しろ――騒々しい足音がこちらに向かってくる。その間も、彼は身動き一つせずに地面に転がる。じゅうぶんに引き寄せたところで岩の一つを地面にぐいと押し込んだ。すると、家庭菜園跡地の土の中からガボッとおおきな網がとびだして、密猟者たちに絡みつく。この家には招かれざる客が多いので仕込んだ罠のひとつだ。すかさず隣のレバーを引き上げる。

 なにもおきない。

 何度も上下に動かしてみるも反応はない。おいおい、どうした、しっかりしろ。その間にも背後では網がきり刻まれている。
「――舐めんなよ、ガキが!」

 これじゃ突破されるのも時間の問題だ。彼はレバーに手をかざすと動力部分に直接力を注ぐ。その途端、「ドバン!」の音とともに出力最大のスタン・ボルトがほとばしった。暗闇の溶岩原に青白い閃光がギラギラとひらめく。網と格闘していた者たちが全員昏倒したのを確認して、彼はようやく息をつく。

 いや、まて、一人足りない。彼の背後で足音がした。最後の一人がスピーダーに向かっている。あのリーダー格の男だ。逃がすものか。軒先には先ほど掃除でつかったバケツが置きっぱなしで汚れた水もはいったまま。彼はバケツにむかって力を込める。水入りバケツはその重さと形状にあるまじき速度で宙をかっ飛び、頭部に命中、男はスピーダーを目前にあえなく崩れ落ちた。

 溶岩原に静けさが戻った。彼は密猟者たちをひとりずつ厳重に縛り上げると、連中が乗ってきたスピーダーごとネヴァロの警察署の前に置いてきた。どうせ余罪はたっぷりあるはずだから、レイザークレストを巡るあれやこれやをわざわざ報告する必要はないだろう。不法投棄みたいで多少の罪悪感があるものの、山のような書類仕事に追われることだけは勘弁だった。明日の朝にはネヴァロを発つ予定だった。

 やっと自宅に戻ったものの、また眠る気にもなれず、玄関ポーチに椅子をだした。足元にランタンの灯りをつける。さきほど無茶をしたせいで、電気系統全般の調子が悪くなってしまった。配線周りもメンテナンスが必要だったが、機械いじりは得意じゃないからずっと後回しにしていたのだ。おかげで先ほどは危ないところだった。それでも、よくやったほうだ。一人で四人。がんばったとおもう。彼は「はーぁ」と長く息を吐き、背もたれに深々と身体をしずめる。

 ――ずっと昔、眠れない夜はこうして星空を見上げていたっけ。あのときは隣に父がいた。そして星の名前をおしえてくれた。天の北極に近いところにあるのが白色巨星タッラ、その下にある明るい星は変光星のドリエック、ふたつの星と全天で最も明るいサンジャオを結べば、ネヴァロに夏の訪れを告げる大三角。

 ハイパースペースをつかえば数日の距離でも、いまここに届く輝きは何万年も昔のもの。宇宙の広さにくらべれば、人間の寿命の長短などは誤差にも満たない些細なものだ。それでも、あの輝く星々の片隅にはきょうも誰かが生きていて、命の数だけ思い出が生まれている。同じように星空を眺めては、誰かと遊んだり、けんかしたり、一緒にごはんを食べたりして。

 やがて、空が白み始めていく。星が一つずつ消えていくのを見守りながら彼はようやくまどろむ。彼だけに聞こえる懐かしい声をおもいだしながら。

 

          ***

 

『気が済んだか?』

 彼はまだ眠い瞼を押し上げる。朝焼け前の薄明のなか、ぼんやりと白い影がうかんでいる。自分とおなじほどの身丈、よく似た手足、よく似た形の耳を生やした、しわくちゃの老人。
 ため息とともに彼は言った。

「……なんだ、あんたか」
『儂で悪かったの』
「何の用だよ」
『ご挨拶じゃな。なに、お前さんの演説を聴きに来た。えらく恰好つけとったなァ』

 式典の祝辞のことか。彼は顔をしかめる。
「覗き見とは悪趣味だな」
『公の場にいて何が悪い? 子供ら相手にえらく張り切っておったではないか』
「ああ、そっち……じゃなくて、こっそり見に来るなって言ってるんだよ! だいたい格好つけてなんかない! ぼくはただ、その――」
『なんじゃ、はっきり言うてみい』
 彼は口ごもり、ためらいがちに呟いた。
「……ぼくは、父がやってたみたいにやりたかっただけだ」

 老人はヒョヒョヒョと妙な笑い声を漏らした。
『形だけ真似ても虚栄に過ぎん。指の間に水かきが残るような未熟者には、それ相応の態度があるというもの。無理などするものではないわ』
「失礼だな。とっくの昔に成人の儀も済んでるんだぞ」
『ほう、ではおぬし、今いくつになった? 一五〇歳といったところか? 若造のくせにエラそうにしおって。とはいえ、あの男はいまのお前さんよりずっと年下だったが、知識も経験も豊富だったがなあ』

 その言葉は矢のように深々と彼の胸に刺さった。わかってるんだよ、そんなことは。胸の内だけでそう言い返す。彼自身、父の似姿になれないことを誰よりもどかしくおもっていた。父ならば密猟者たちの接近にもっと早く気が付いただろう。掃除はもちろん罠の整備も手を抜かなかっただろう。洗濯物はきちんと全部干したし、工具も出したままにしなかっただろう。

『まあ、そう落ち込むな。ジェダイの修業は生涯続くのだぞ。見習いが失敗するのは当たり前。この程度でヘコたれてどうする』
「誰のせいで、いや別に落ち込んでるわけじゃ――そもそもぼくはジェダイじゃない!」
『ふむ。では何だ?』
「マンダロリアンだ」
『武器も鎧も身に着けていないのに?』
「ああそうだよ!」

 老人の指摘は彼がいちばん気にしていることだった。彼の身体は今も昔もとても小さい。ベスカー製のヘルメットは重くて被れないので顔を覆うマスクは布製だし、防具は昔から鎖帷子《チェインメイル》と胸当てだけ。人間より二回り以上ちいさい掌では、銃火器を取りまわすなど夢のまた夢、持ち運べる装備は人差し指サイズのナイフと小型爆弾が精いっぱい。あまりにもお粗末な装備だ。もちろん、教義に従い『道』を歩むことに姿かたちは関係ない。それでも、彼をマンダロリアンだと認めたくない者は後を絶たない。

 時代と共に人も教義も少しずつ遷ろっていく。誰もかれも昔のようにはいられない。

 老人は愉快そうに肩を揺らした。
『この程度で精神が乱れておるようでは、やはりまだまだよのう』
「誰のせいだと……」
『よいか、覚えておくのだ、若者よ。フォースを強く感じるものは、この世の善なる光に近づける。それは同時に、背後の闇も濃く深くなっていくということじゃ。哀傷と寂寞の黒い波はこの先もたびたびおぬしを襲う。おまえの人生は長い。その分、闇とのつきあいも長くなる。闇はいつもおまえのすぐそばにある。憎しみや悲しみと向きあい、喪失の恐怖を誰かに伝える営みを怠らぬようにな』

 老人のおもいがけない長舌に彼は目をぱちくりさせた。
「前から思ってたんだけど、話が回りくどいのもジェダイの掟? ぼくのことを心配してくれてるなら、もっとハッキリ言えばいいのに」
『耳が痛いのう』
 老人は笑いを含んだ、でもどこか寂しそうな声音で言った。
『それができていれば、我々は滅びずに済んだかもしれんな』

 空がぱっと明るく輝いた。日の出だ。老人の身体がさらにぼんやりと白く霞みはじめた。

「もう行くの」
『寂しがるでない。また様子を見に来てやろう』
「……ルーク師匠に、たまには顔見せてって伝えといて」
『阿呆、わしを伝言係につかうんじゃない』
 まばたきをする間に老人の姿はかき消えて、あたりには朝もやだけが漂っていた。

 老人がいなくなったあと、彼は一人ポーチに佇んで、徐々に薄くなっていく星空を眺めていた。まだ明告鳥は鳴いておらず、ネヴァロ・シティは朝もやのなかに眠っている。生きているものがいない時間の中にいると、ふだんは考えずに済んでいることをおもいだしてしまう。

 喪失の恐怖――老人がそう呼んだもの。

 出会った人、しゃべったことば、見たもの、触れたもの、感じたこと、受け取ったこと、全部ちゃんと覚えておきたいと願うのに、時を経ればどれも忘却の奈落へと零れ落ちていく。忘れたことに気付ける間はまだいいけれど、もしも気づくことさえできなくなったら、最初からなかったことになるのだろうか。それを思うと、自分の身体がバラバラにほどけていくようで、みぞおちのあたりがひんやりと冷たくなる。

 共有せよ、と老人は言った。しかし、広い銀河を旅して身に沁みたのは、あの不思議な老人を除いては、同じ種族は宇宙のどこにもいないということで、それはつまり、彼はこの広い銀河でひとりぼっちということだった。同じ速さで同じ時間を過ごせない相手、かならず自分より先にいなくなる相手と、何をどうやって共有すればいい? そんなことができたのは、いままでたったひとり。ことばじゃなくてもわかってくれたのは、あのひとだけだ。

「嘘つき」彼はつぶやく。「どこへ行くのも一緒だといってたじゃないか」

 自分でもうんざりするほど拗ねた声音に笑いがこみ上げそうになる。どうだ、これが伝説のマンダロリアンの正体だ。情けない姿をみれば、ネヴァロの人たちはさぞや驚くだろう。市長はどんな顔をするのかな。自分は伝説でも最強でもないし、そんなものになりたくもない。

 彼は空を見上げる。ぐんぐん昇り始めた朝日の白い光のなか、もう星たちの姿はない。星が読めれば迷子にならないと教わった。父の目にはどんな空が映っていたのだろう。あのひとも迷ったりしたのだろうか。ちっともそんなふうには見えなかったけれど。

 別れは必然。それがこの世の道理。頭ではちゃんとわかっていても、どうにかしたいと願ってしまう。人間の一生など、所詮誤差の範囲なのに。

 ギュッと目を閉じ、手足を身体に寄せて身を縮める。暗闇を恐れる幼いこどものように。

「――寂しいよ《I miss you》、父さん」

 ことばにしたとたん、それまで形を成していなかった心の滓が集まって、渦を巻き、大きな暗い波になって彼を飲み込もうとするのがわかる。あの老人が言っていた黒い波。

 うずくまった暗やみのなか、彼は耳を澄ませる。今でもちゃんと聞こえてくる。ヘルメットの奥から聞こえるくぐもった声。低く静かなささやき。有無をいわせぬ声音。時折漏れる吐息。素顔はほとんど観たことがなくても、茶色の瞳はいつも自分を見つめていたのを知っている。

「グローグー」

 自分の名を呼ぶときの優しい声。

 寂しいおもいをしているのが自分でよかった。もし彼が先にいなくなっていれば、あのひとはひどく悲しみ、きっとそれ以上生きていけなかっただろう。順番が逆になる可能性はいつもあった。でも、そうはならなかった。それは幸いなことだ。ぜったいに。

 彼は未来永劫、黒い波を引き連れていくだろう。何十年、何百年先へでも。無かったことになどしてやるものか。ぜったいに。
 彼は目を閉じる。そして思う。

 ――ぼくなら大丈夫。なぜかって? ぼくはディン・ジャリンの息子で、ほかの誰よりも彼に愛された、銀河で一番幸福なこどもだからだ。

 

          ***

 

 惑星ネヴァロの焼けた大地から一隻の船が飛び立った。銀色の船体をきらめかせて、宇宙へと続く青空を一直線に駆けのぼる。広大な溶岩原を風が吹き抜けて、ちいさな家の庭に咲いた花をそっと揺らしている。

 

...end

♪BGM:宇多田ヒカル「道」

Notes:

【公開記録】
2026/07/02 AO3にて公開
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