Chapter Text
Ctrl+Sは大学の軽音部員によって結成されたアマチュアバンドで、メンバーが卒業して数年経った今も細々と活動を続け、不定期ながら馴染みのバーでおよそ月一のペースでライブ演奏をしている。
バンドリーダーはリードギターのサラワット。彼はここ一年、ライブの日には必ず毎回、最初の奏者の演奏が始まる一時間も前に一人で店入りをし、全ての奏者の演奏が終わるまでじっと、酒もろくに飲まないままバーの入り口を眺め続けていた。全ての演奏が終わりステージの片付けが始まっても、名残惜しげに入口を眺め続ける彼を、バンドメンバーが宥めすかして、別の店に移動して打ち上げをするというのがいつもの流れだった。
しかし今日、いつもの店のいつものテーブルのいつも彼が座る壊れかけたブルーのプラスチックの椅子はメンバーの荷物置き場になっている。
「ここだけの話もう無理じゃないかと思ってたけど、まじで来たな」
サラワットの空席の隣に座るドラムのノンが、彼好みの辛さのソムタムを突きながら言った。今日、サラワットが一年間待ち焦がれた人が、とうとうバーに現れた。彼の待ち人——タインと彼を二人で店に残し、残りのメンバー四人で打ち上げに来たこの露店は、バーからほど近く、何を食べてもそこそこ美味しくて居心地も良く、店主ともすっかり気心の知れた、メンバーのお気に入りの店だ。バーでも食事の提供はあるけれど、値段が高くて量も少ないので、ここでビール片手に腹一杯食べて解散するというのが、ライブの日のCtrl+Sのお決まりの流れである。
「俺も……あいつの事だから、あてもない望み薄の口約束に縋ってるものだとばかり思って、正直ちょっと見てられなかったよ。諦めるって事を知らない奴だから。でもまさか本当に来るとはなぁ。」
ベースのブームが自分の皿に取ったソムタムから唐辛子の塊を除けながら言った。
サラワットはギターの実力も申し分なく、バンドリーダーとしては頼りになるのだが、その実大変な口下手で、不器用で、自身の個人的な事情はあまり言葉にしない。
ライブの予定に合わせて、バンドメンバーがいつもの流れで集まり、いつもの流れで練習をする際には、他のメンバー達が他愛も無い日常の出来事を話したり、愚痴をこぼしたり、冗談めかして語る中、静かに耳を傾けてただ頷いているというのが彼のバンド内での在り方だ。しかしそれなりに付き合いの長いメンバーにとって、はっきりと言語化されることのない彼の気分は、その日の演奏や、曲目の意見交換を通じて、そこそこ的確な温度で察する事ができる。
サラワットにだって恐らく、ちゃんとその足りない言葉を尽くして込み入った事情を相談できる親友は別にいるのだろうけれど、バンドメンバーの信頼関係の形は、それよりも一歩だけ距離を置いた所にある。
「で、一年前のあれは結局何だったわけ?あの頃のあいつ不気味なくらいご機嫌っていうか……そわそわして必死だったじゃん。俺はてっきりあのままいい感じになるのかと思ってたんだけど。」
空になったビール瓶を揺すりながらボーカルのテンプが言う。
ちょうど一年程前にも、タインはサラワットに呼ばれて一度だけライブを聴きにきた。サラワットという人物は、傍目には表情が乏しくて感情の起伏の分かりづらい男であるが、長い付き合いの者にとってみれば、その機微はなかなか単純でわかりやすい。
「まぁ、タインもまだあの頃は他に男がいたし、色々あったんでしょ。知らぬが仏よ。あ、すみませんガイトートと、ビール……」
アーンが店員に声をかけて、テーブルを見渡すと、ノンもブームもテンプも手を上げた。
「四本!」
「今度こそ丸くおさまってくれればいいけど。直前でセトリ弄られんのマジ勘弁。」
早くも運ばれてきたビールを受け取ると、テンプがため息をついた。
「っはは!無理でしょ。」
アーンが憐れむように彼のグラスに自らのグラスを軽くぶつけて、ボトルを一気に飲み干した。
「っあ゙〜〜!うま!」
彼らも生きて、恋をしているのだから。
