Actions

Work Header

しょうがない子

Summary:

硝子がどんなに不可解なことを言っても、傑は変わらず彼女を愛し続ける。

Notes:

これは私の個人的なプロジェクトの一つです。まだ勉強中の身ですので、拙い訳があればご容赦ください。うまく訳せるように頑張っています。訪れてくれて、ありがとうございます。

Work Text:

『呪術廻戦』およびその世界観は芥見下々先生に帰属します。お借りしているのはキャラクターだけです。

.

.

.

昼の照りつける静寂を破るのは、ドアを叩く音だった。

変わった前髪と長い髪を持つ男、夏油傑は、借家の向こうから現れない相手に苛立ちを覚えていた。

彼はため息をつく。複雑な感情が胸の中をかき乱す。
どうしてだろう?この二週間近く、六ヶ月付き合っている恋人、 家入硝子 に連絡がつかないのだ。

親友の五条悟は、派手なピアスをつけた彼に「硝子も見かけていない、大学にも来ていない」と伝えた。

気になった傑は、東京から一時間離れた別の街で大学に通う身ながら、時間を割いて硝子に会いに来たのだった。

「何の用だ、傑?」

傑が窓の方を見ると、そこには疲れ切った表情の硝子がいた。くまのある瞳に、ライオンのように広がる乱れた髪。

「どういうことだ?悟が言うには、二週間近く君を見ていないらしい。」

硝子は小さく呻いた。

「私は大丈夫。来る必要はない。」

「嘘だ。何度も連絡したが、ずっと留守番電話に繋がっている。」

茶色い髪の彼女は舌打ちをし、ゆっくり息を吐いた。

「携帯も、ほかの電子機器も壊しちゃったの。」

「大画面テレビまで?」

「そう。」

傑は目を細めた。それは到底信じられなかった。かつて硝子がアルバイトで買ったと自慢していたテレビだ。

ほぼ二メートルの彼はこめかみを揉みながら、昔のようにビデオ通話で元気そうに話す
彼女の姿を思い出していた。

「なぜ?」慎重に尋ねる傑に。

「彼らが聞いているの。」

「誰が?」

硝子の美しい顔は真剣だったが、その言葉に傑は唖然とした。

「誰かはわからないけど、マトリックスから抜け出してから、ずっと襲われ続けているの。」

傑は彼女の言葉を噛み締めようとしたが、明らかに硝子は精神的に危うい状態だった。

「一体何が起きているんだ?」

「もう…トンネル、戦争、金持ちのペドフィリア。東京モールには宇宙人もいるのよ。」

傑はじっと硝子を見つめた。彼女の瞳は焦点が定まらず、まるで薬物でもやったかのように見えた。

彼はポケットから携帯を取り出し、五条に今聞いたことを打ち込んだ。二分も経たぬうちに、その画面を硝子に見せる。

「悟によると、確認は取れていないそうだ。…ねぇ、外に出て話してくれないか?」

硝子は鼻で笑い、腕を組んだまま借家の窓越しに立っていた。

「私が?この安全な家を出て、あんたと話すの?」

傑の我慢は限界に近づいていた。

「私は君の恋人だ。」

「あなたが本物かどうかもわからないのに!」

傑は額を叩いた。硝子のいつもとは違う振る舞いに、半ば呆れ半分であった。

「家の中にずっと閉じこもってるわけにはいかない。」

「賭けてもいい?」

「…気が狂ったのか?」

硝子はしばらく黙り込み、低くつぶやいた。

「場所は知ってる。」

長い腕を胸の前で組み、地面を何度も蹴る傑。苛立ちの仕草だが、硝子への視線は穏やかだった。

「食べ物が切れて、家賃を払えなくなったらどうする?」

硝子は鼻を鳴らし、自信たっぷりに笑う。

「ゲット・ア・フードがあるし、貯金も十分あるの、バカ。」

傑は少しからかいながらも、笑みを浮かべた。

「ゲット・ア・フードはアプリだ。携帯壊したんじゃなかったのか?」

沈黙が流れる。短く震える茶色の瞳。声が少し上ずる。

「もう、質問はやめてよ!」

「ちゃんと眠れてるか?」

医学部の彼女はゆっくり息を吐いた。

「彼らはそれを許さない。」

傑はうんざりして目を転がした。

「助けが必要だ、硝子。」

彼女はまた鼻で笑った。

「当ててみせる。薬剤師の調合した薬で、私をレズビアンにしようとしてるんでしょ?」

ここで傑の我慢は限界だった。眉間に想像の十字路が浮かぶ。こんな小さな馬鹿げた口論はもう十分だと心で呟いた。

「わかった。入るよ。」

彼はこれから何をすべきか考えたが首を振
った。まずは硝子をこの家から連れ出すことが最優先だった。

「なんとかする。」

硝子は慌て、恋人の目が決意に満ちているのを見て瞳を大きく開いた。

「何するつもり?傑、何を?」

「君を助けるんだ。」

どの角度から見ても明らかだった。傑はその大柄な体でドアを押し破ろうとしていた。

「やめて…お願い!」

.

.

「で、結局どういう状態なんだ?」

夏油傑は、病院のベッドで眠る家入硝子に目を向けていた。

静かに上下する胸。深く、穏やかな呼吸。さっき五条悟が打った睡眠薬のおかげで、ようやく“まともに”眠れているようだった。

傑の手がそっと伸び、茶色の髪を優しく梳く。ようやく休める。それだけでも、救われる気がした。

ここに来るまでの間に、無理やり連れてきたせいで腕に残った爪痕は、痛みこそないが、思い出すたびに胸を刺す。

「硝子さ、ハイになる成分が入ってるタバコ吸ってたんだよ。」

悟は白髪をわしゃわしゃと掻きながら、ため息まじりに言った。

「最近、ラボの課題も多すぎてさ。俺の予想だと、ストレスが限界突破してたんだろうな。」

「……すごいな。」

傑は皮肉交じりにつぶやきながら、安らかな顔を見つめる。この表情を見るのは、何日ぶりだろう。

「ほんとだぞ。二週間近くも吸ってたって聞いて、ゾッとしたよ。普通の人間なら、とっくに倒れててもおかしくない。」

傑は肩を落として、小さく首を振る。東京に戻ってきた判断は、やはり正解だった。ふだんは硝子のことを悟に任せている。

理由は単純だ――

信頼できる親友だから、そして同じ医学部で
学んでいるから。

「タイミング最高だったよ、傑。もう少しで、俺もあのボロ家から引きずり出すの諦めるとこだった。」

悟は壁にもたれ、頭をコツンと打ちつけながらぼやいた。

「まじで、俺の脳みそは彼女と課題でいっぱいいっぱいなんだぞ。ほんっと、疲れるんだって。」

傑は無言でうなずく。言葉にしなくても、悟の疲弊は表情と声色に滲んでいた。

「欲しいもん、なんでも言ってくれ。近いうちに、お前の家に届くと思ってくれていい。」

悟の顔が一気に明るくなる。子どものようにぴょんと小さく跳ねて、にやっと笑った。

「まじで?わー、めっちゃ楽しみにしてる〜!」

傑はそんな様子に小さく笑いながら、再び視線をベッドへ戻す。眠る硝子のそばに一歩近づき、そっと額へ口づけを落とした。

「まったく、しょうがない子だな。」

.

.

ゆっくりと瞼が持ち上がる。数回まばたきをして、焦点を合わせる。白い天井。自分の部屋じゃないと、すぐに分かった。家入硝子は小さく眉をひそめ、昼間の出来事を思い出す。

――無理やり扉をこじ開けて、引きずるように外へ連れ出した夏油傑の姿が脳裏をよぎ
る。

こめかみに指を添え、そっと押す。もうパニックではなかった。頭もはっきりしてきた。横を見ると、椅子に座ったまま腕を組んで眠っている傑の姿があった。じっと見つめる。

…眠っていても、なんて格好いいんだろう。しっかりした顎のライン、広い胸板、少しだけ乱れた長髪。全部が完璧だった。

しかも優しい。たまに無神経でムカつくけど、でも――本当に優しい。

「そんなに見つめると、目が乾くぞ。硝子。」

思わず、吹き出しそうになる。目が合った瞬間、傑が小さく笑っていた。

「知ってるわよ。医者の卵ですから。」

「その割には、ずいぶん無茶するな。」

そう言って、温かいお茶と卵サンドを差し出してくる。

「もう、あの煙草はやめろよ。」

「うん。ごめんね、自分でも何してたかよく分からなかった。」

硝子は飲み物とサンドを受け取り、ゆっくりと食べ始めた。

あの時、悟が何も言わずに睡眠薬を打ってきた理由も、今なら分かる気がする。きっと彼はすぐに察したんだ。おかしくなっていたのは、脳じゃなくて心のほうだったと。

「怒ってるよ。」

傑が両手で硝子の顔を包み込む。パンを頬張ってる最中でもお構いなしだった。

「次またこんなことになったら、私、心配でおかしくなりそうだ。」

もごもごと口を動かしながら、硝子は傑の手首を握る。少し咳き込みながら言った。

「ごめん…。どうしたら、反省してるって信じてくれる?」

「そんなことどうでもいい。君が元気になること、それだけが大事なんだ。」

硝子はふっと不満げな顔をして、傑の手を押しのける。

「どうせまた、すぐ隣町に帰るつもりなんでしょ?」

「違うって。心配だから来たんだよ、私は。」

「だったら、もう少しここにいて。あの家、傑がいないと寒くて仕方ないの。」

「君みたいに、私まで講義サボるのか?」

「だって、傑のごはんが恋しいし…」

硝子の目がやわらかくなる。

「それに、一緒にサボってくれる人がいたほうが安心するでしょ?」

ケラケラと笑う彼女の表情を見て、傑は思わずため息をついた。空になった皿の横に、悟が置いていったサプリメントをそっと差し出す。

まったく。

この人には、何もかも敵わない。

たとえ隣町の大学を休むことになっても――

この笑顔のためなら、私は何度でもそうするだろう。

「…分かったよ。何でもしてやるよ、硝子。」

硝子はぱっと花が咲いたように笑い、サプリを水で流し込むと、無邪気に言った。

「傑、ほんと最高!さぁ、こっち来て。一緒に寝よ。抱きしめて。」

「ベッド狭いだろ…」

「大丈夫、入るってば!早くー!」

「……はぁ。」

.

.

廊下に足音が響く。五条悟は、個人的な用事を終え、再び学内の病院へ戻ってきた。部屋の扉の陰から顔をのぞかせると、静寂が彼を迎えた。

好奇心に駆られ、ゆっくりと中へ入る。家入硝子が横たわるベッドに近づき、腰に手を当てて首を振った。

なぜなら、今ここで彼の目に映ったのは、狭いベッドに無理やり寄り添い眠る恋人たちの姿だったのだ。

幸い、この病院の設備は良く、重さでベッドが壊れそうになる心配はなかった。五条は二人を起こそうかと思ったが、かわいそうに思い直した。

代わりにズボンのポケットから携帯を取り出
し、寄り添う二人の寝顔をそっと写真に収めた。彼は苦笑いしながらも、少し羨ましそうに呟く。

「はあ……俺も恋人が欲しいな。二人の間で蚊帳の外になるだけじゃなくてさ。」

.

.

.

終わり。