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Rating:
Archive Warning:
Category:
Fandom:
Relationship:
Characters:
Additional Tags:
Language:
日本語
Series:
Part 9 of BLOOM
Stats:
Published:
2025-08-04
Words:
3,936
Chapters:
1/1
Kudos:
4
Hits:
106

あなたのだって叫びたい!

Summary:

数年後再会し時々会うようになったシャアシャリ一緒に暮らし初めて数日後、片想い自覚済みシャアがシャリアにどきどきしたり自分の意思を表に出してみたりする話です。前作の続きです!
今作のみ視聴済、なんやかんや割と平和になっている世界です。

Work Text:

「それは、ずるいんじゃないか」
 わざと思い切り拗ねてみせると、シャリアは目を丸くしてぽかんと口を開けた。
 彼のセーフハウスに転がり込んで数日、いくらか見慣れたリビングで、あまり見ない彼の表情に満足して腕を組む。夜の明かりの中シロウズを出迎えた彼はなんだか雰囲気が違って見えたが、その瞬きは大きく変わってはいないようだった。
 心配していたようなことはなかったか、と信じられないぐらい大きな安堵にひっそりと息を零す。シロウズがわざと一日家を空けて、帰ってきた時のことだった。
 冷静になって考えてみれば、シロウズがシャリアのセーフハウスに転がり込むことになったのはほとんど流れだとか勢いだとか偶然だとか、そんなもののおかけだった。
 初めは彼の安全圏に足を踏み入れられると許されていることにひっそりと喜びもしたが、数日も経つうちに芽生えた不安は止めることが出来なくなってしまっていた。彼がそこまで流されやすい男だとは思わないが、単に勢いに負けて、というだけだった可能性も否定できない。元々シロウズはしっかりと時間をかけて彼に交際や同棲を申し込むつもりだった。それなのにこのざまである。木星の後遺症を抱えているらしい彼をひとりにしてはおけないと焦燥に駆られたのも確かに大きな理由だったが、今のシャリアはどうもそれだけが唯一の理由だと思っているふしがある。もしもそう思っているのなら、嫌々ここに居るのなら自分がいない時間を作ってやれば逃げられるんじゃないかと余計な気を回して、そうして半分自分の気を落ち着かせるために離れた一日だった。
 シャリアは変わらず家に居た。
 『おかえりなさい』と何気なく掛けられた声に、どれほど安堵したかをきっと彼は知らないだろう。
 思わず力いっぱいに抱きしめてしまったシロウズに、彼は何も言わなかった。ただほんのちょっとだけ息を詰めて、それからとんとんとゆっくりと背中を叩いてくれた。突然の行動を咎めも抱き締め返しもしなかった彼がどんな顔をしていたのかは分からない。ただ、『おかえりなさい』ともう一度囁いてくれたことが嬉しかった。
 そんな、いつも通りとはいかない『ただいま』を終えて、なんだか無性に照れくさくなって二人でハハと笑いあって、じゃあシャワーにでも、なんてぎこちなくくつろぐ準備をして、そうしてやってきた夕食の時間だった。
 何か適当に腹に入れようと思っていたシロウズの前に現れたのはひとつのサンドイッチだった。
 どこか照れたような顔をした彼に良かったらと出されたサンドイッチは、なんだかぴかぴかと輝いて見えた。驚きのマジックである。驚きのあまりぽかんと口を開けていると、突然しどろもどろになったシャリアはとんでもないことを言い出した。
 いわく、自分がいない間顔が浮かんで困っただとか。
 いわく、好きそうだと思ってつい買ってしまっただとか。
 いわく、明日が来るのが楽しみになりましただとか。
 見たことのないやわらかな赤みのさした頬を逸らした彼は、そう言い切ってからどこか満足したように白い猫を撫でた。
「それは、ずるいんじゃないか……!」
 つい先程反射的に言ってしまっていた言葉を繰り返して顔を覆う。シャリアはやっぱり目を丸くしてシロウズを見ていた。
 その間も彼の膝の上で撫でられている猫になんだそれはずるいぞと思いながら、頭を抱えて小さく唸る。自分がいなかったからこそそう思ってくれたのかもしれないと分かってはいるものの、そんな瞬間、どうしたってものすごく見たかった。
 もっと言えば、その台詞を言わせたのは自分であってほしかった。彼の記憶の中の自分がきっかけらしかったが、そうなるとちょっと話が違う。もっとこう、何か自分のとった行動によって彼が頬を染めてそう言ってくれたら良かったが、実際はどうも少しずれていた。
 顔を覆ったまま彼の顔を盗み見る。困ったように下げられた眉に慌てて「好きな味だ」と言って、テーブルの上に置かれたサンドイッチをむしゃむしゃと食べた。あまりの勢いに彼がまたぱちぱちと瞬く。気の抜けたような無防備な顔に、心臓がうるさく騒いで止まらなかった。
 熱くなった頬をつい俯けて「美味いな」と呟く。離れたソファに座るシャリアは、小さく息を零して「良かった」と笑った。ひとりごとのようなその声にまた心臓が騒ぐ。以前からそうだとは思っていたが、彼のセーフハウスで暮らすようになってからの自分はあまりにも反応が分かりやすかった。
 誤魔化すように咳払いをして、「その猫は?」と尋ねる。シャリアは明らかなシロウズの頬の赤さには触れずにああと微笑んだ。細められた目に、なんだそれは、ずるいぞ、と言いたくなる。そんな子どもっぽい言葉が勝手に浮かんでくるのは妹が産まれて以来初めてだった。
「飼い主を探そうかと思っていたのですが、どうも置いていかれたようで……」
「置いていかれた?」
「引越しの際に意図的に。困りましたね、タイサ」
「ああ……うん?」
 数年ぶりに聞いた呼称に驚いて顔を上げる。なんでもない顔をしたシャリアは優雅に猫と触れ合っていた。まさかと白い毛玉を指さす。「よしよし」と極めて優しく猫の頭を撫でたシャリアは、ふと気付いたように顔を上げてからこっくり頷いた。『タイサ』は猫の名前で間違いないようだった。
「どうしてその名を……!?」
「それはまあ……良いでしょう、別に。それよりも彼をどうするかです」
 よくない全然よくないと首を振りかけて、彼がいつもより早口になっていることに気が付いてじっと見つめる。ラフな部屋着の下に隠された首がじわじわと赤くなっているのが見えた。照れている。つまり、もしかしなくとも、『タイサ』の由来はそういうことなのだろうか。にゃあと鳴いた猫の目は青い。シロウズの視線を追ったのか、ますます耳を赤くした彼は猫を持ち上げて顔を隠してしまった。まさかと思った由来が確信に変わった瞬間だった。
「そうか…………」
「彼もすぐに反応したので、きっと偶然そう呼ばれていたのでしょう」
「そうか…………」
 やっぱり早口になっている彼の声に、意外と分かりやすかったんだな、と緩んだ口元を覆う。シャリアは真っ赤になった頬を俯かせてひたすら猫を撫でていた。『猫に夢中になって視線には気付いていません』というふりをしようとして失敗しているようだった。
 顔が緩むのが抑えられないまま立ち上がり、彼の隣へと向かう。そのまま座ろうとして、一瞬考えて少しだけ距離を空けた。そんな顔をしていても、一緒に暮らしていても、自分たちは未だそういう関係ではない。もしも一歩踏み出すとしたら今度こそ勢い任せでなく彼に伝えたかった。
 まだ、今ではないな、と思いながら猫を覗き込む。青い目を細めた猫は、シロウズを見つめ返してから「んなあお」とシャリアの膝の上で力を抜いた。どうやら仲間だと認められたようだった。
「預かってくれるようなところは?」
「このあたりでは中々。もう少し南に行けば見つけられないことはないでしょう」
「そうか……」
「シロウズ?」
「いや、なに、私が預かるのはどうかと思ってな」
「あなたが?」
「幸い暇を持て余している。長く家を空けることもないだろう。シャリア、あなたが帰ってくるまで――」
 彼の休暇が終わっても自分が居れば問題ないだろうと当然のように言いかけて、今後も共に暮らすことを前提に話してしまっていたことに気が付いて口を噤む。今のこの暮らしが今後どうなるかなんて一度も話題にしたことはなかったのに、つい口を滑らせてしまっていた。
 彼はどう思っているのだろう。
 心を読むべきか迷って、結局意図的に意識を逸らして顔を上げる。
 シャリアは美しい瞳を細めてシロウズを見つめていた。
 穏やかな顔だった。
 そこに諦念が滲んでいないことを咄嗟に確認してしまって唇を引き結ぶ。滲んだ感情は背筋の冷えるようなものではなかった。シャリアのそのあたたかな瞳は、シロウズのよく知らないものだった。
「お世話、出来ますか?」
「足りないものがあるのなら学ぼう。それに、昔猫を飼っていたことがある」
 張り切って胸を張ったシロウズに、彼がくすくすと笑う。シャリアの膝の上で溶けていた猫がにゃあと鳴いた。白い片足がシロウズの膝の上に乗る。どうやら『タイサ』にも認められたようだった。
 良かったと息を吐いて頭を撫でる。「んなお」と小さな声を零した白い猫は、そのまま彼の膝の上で眠り始めた。ふさふさのしっぽがシロウズの足を覆う。どっしりと乗せられたしっぽの重みがおかしくて、シロウズはつい笑ってしまいながらソファの背に凭れた。ぎし、と小さく軋んだ音が響く。シロウズが転がり込むまで埃を被っていたソファは、もしかすると随分古いものなのかもしれなかった。
 ぼんやりと天井の照明を眺めて、ちら、と彼を盗み見る。思っていたよりも近くで揺れた前髪に心臓が跳ねた。彼も背に凭れたからか、それとも猫を支えるためか、肩がぶつかりそうなほど近くなっている。初めての片想いを抱えるシロウズにとって、好きなひととのその距離はおそろしいものだった。
 汗をかいてしまってはいないか、挙動不審になってはいないかを気にしながら大きく息を吸う。普段どう吐き出していたのか分からなくなってしまって、怖々と細い空気を吐き出した。もう一度シャリアを盗み見る。彼は何も気付かなかったような顔をしてぷうぷうと寝息の吐き出される猫の鼻を見つめていた。
「ずるいぞ」
「……何がです?」
 つい溢れた言葉に、彼の目がこちらを向く。今更なんでもないと言うことは出来なくて、シロウズは眉を下げながら笑って彼の瞳を見つめた。出会った日には合わなかった左の目が今は自分を見つめ返している。それがなんだか、やけに落ち着かなかった。
「あなたの『大佐』は私だけかと」
「……そうですね」
 小さく返した彼が目を逸らす。あ、と零れた言葉に重なるようにソファが軋んだ。
 とん、と肩がぶつかる。
 一瞬怒りの滲んだ顔に、今度は八つ当たりをしようとしているような子どもっぽい苛立ちが滲んだ。あ、ともう一度零れた吐息に彼が気を取られたような顔をする。魅入られたようにその顔から視線を離せなくなって、シロウズはふと彼は五年間ずっと自分以外に直属の『大佐』を持たなかったらしいという噂話を思い出した。
 小さく吹き出したような音が聞こえる。
 シャリアは子どもが悪戯を仕掛けようとするような顔で笑って、シロウズの耳に唇を寄せた。
「あなたのですよ」
 『私の大佐』は、と彼の声が囁く。
 十年も前に見た瞳が、変わらずシロウズを射抜いていた。

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