Work Text:
蘊瑜:
我以很沈重的心情來寫這封信給汝。汝我共處已有十三年,時間不短不長,而且抗戰期中在極端艱苦困阨的環境中,以汝孱弱的身體,共同甘苦,竟挨過差不多十個年頭,在工作中,在養育小孩的事情上面,汝都沒有我多少幫助,盡了汝的責任。
光復後返台,汝我又以工作的關係,不能常在一起,家庭的瑣務,全由汝負擔,這是委曲了汝的。這一年來,更難為汝了。我實在不敢去設想汝們如何生活,在接見的時候,我覺得汝似乎更瘦了。一切的一切說來都是不幸的。
但是蘊瑜;我們也曾有不少美麗珍愛的過去,那些回憶與感懷時常要把我沈重的心情變鬆得多。蘊瑜;在困苦的環境中還是找些愉快吧!忍耐能克服不少困難,它能增進人的活力。
蘊瑜;請不要驚駭,也不要悲傷,我告訴汝一個設想──當然汝我都希望它是架空的、不會兌現的設想──我的著落發生汝最不願意的情形!那汝將如何呢?
我知道汝的心情將會受到莫大的衝擊,汝將沈淪於悲痛的苦海中,但是我希望汝能很快就丟掉悲傷的心情,勇敢的生活下去。……
關於我們的生平,汝知道很多,我不想在這裡說些什麼。關於後事,切不可耗費金錢,可用最簡單的方法了決一切。汝知道,在這裡我沒有什麼東西,一些用品,汝們領回去,以為紀念。……
南部母親我已另有信給她,我只希望汝多給她通訊,多給她安慰,東、民二兒多給她見面。東兒的牙齒不好,恐怕是汝們傳統的缺陷,須及早設法補救。民兒太可憐了,恐怕他還不認識我呢!
父親、母親,請都不必悲傷,諸弟妹努力求進,以諸弟妹的聰明天資,必能有所成就。我將永遠親愛汝懷念汝,祝福汝。
浩東手書
十月二日深夜
蘊瑜、驚かないでくれ。そして悲しまないでくれ。私の考えていることを話しておきたい。きみも私も、それが現実にならないことを望んでいる。だが、私の結末はきみが最も望まいかたちになるだろう。そしたら、きみはどうするか?
きみはひどい衝撃を受け、悲痛な思いに沈みこむだろう。だが、どうか悲しみは早く捨てさり、勇気をもって生活するように。
私たちのしてきたことはきみもよく知っているから、いまは何も言わないつもりだ。あとのことは、金は使わずに万事簡単にすませてくれ。ここには私は何ももってはいない。わずかな日用品は、もち帰って記念にしてほしい。
南部にいる母には別の手紙を書いた。どうか連絡をとって、慰めてやってくれないか。二人の息子、東と民にも、たびたび合わせてやってほしい。東の歯が悪いのは、きみに似たのだろうか。なるべく早く治療するように。民がかわいそうだ。たぶん、私をまだわからないだろう。
父上も母上も、どうか悲しまないでください。弟たちと妹は、希望にむかって努力していくように。聡明な彼らは希望をまっとうするだろう。私は永遠にきみを愛し、きみを思い出し、きみのために祈る。
鍾浩東手書
一〇月二日深夜
