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Havana Club, On the House

Summary:

「フェリスアニョヌエヴォ(あけおめ)!」
ジョルダニがハバナクラブをグラスに注いでカウンターに出す。
「よぉシンヤ、帝王との恋路はどうだ?」
マテオが冗談半分にそう聞くと、シンヤの反応が一拍遅れた。
「……何言ってんの。」

-
鈴木の友人視点のお話です。

Notes:

鈴木の行きつけのバーで働いている、友人の彼視点の物語です。
彼を含め、劇中では特定の名前がない、鈴木の周りのラテンコミュニティの人々のキャラクターを、映画の描写と矛盾しない範囲で自由に創作しています。
映画軸ですが、原作の要素も織り込んでいます。
作中何箇所かスペイン語が出てきますが、筆者はスペイン語は話せず、翻訳や検索のみに基づいて書いています。おかしな所があればどうかご容赦ください。
劇中の店の名前の年号は1950ですが、実店舗なので意図的に少し変えて、キューバ革命の年1959にしています。

【注意事項】
外国人に対するステレオタイプに基づく差別的な言動が、一言だけ回想として出てきます。
作中では誰も使用する描写はありませんが、大麻使用に言及する一文があります。

お楽しみいただけたら幸いです。

Pixivにも掲載しています。

Work Text:

 マテオがサンティアゴに任されているHAVANA1959は、東京近郊に住むラテン系の人々の集いの場になっていて、常時二百種類以上を取り揃えるラム酒に頬を上気させた人々が、今日も軽快な生演奏にのせて、思い思いに身体を揺らしている。

 新たな来客を知らせる扉のベルが鳴ると、バーテンダーのジョルダニが、グラスを拭きながら人好きのする笑顔を店の入口に向ける。

「シンヤ、ミアミーゴ!よぅチャンピオン!」

 木枯らしと共に店に入ってきたのは常連客だ。脱色した癖毛を無造作にかきあげながら、真っ直ぐバーカウンターに向かって来ると、入店前から既に咥えていたタバコに火をつけた。

「ブエナス、ジョル」

 煙を吐きながら答えたその声も、気怠げな仕草も、この店の空気によく馴染んでいる。

 マテオはテーブルの客につまみを届けると、バーカウンターに戻り、氷を入れたグラスにハバナクラブを注いでカウンターテーブルに出した。常連のオーダーは聞くまでもない。空になっていた自分のグラスにもハバナクラブを注ぎ足して掲げる。

「サルー、優勝おめでと。」

「グラシアス、マテオ」

 シンヤは煙の切れ目に流し込むようにラムを一口飲むと、重たいため息をついた。

「なんだなんだ、もっと喜べよ。国内チャンピオン防衛したんだろ?」

 一風変わった彼の生業はプロの社交ダンサーで、つい先日何度目かの日本大会を制したばかりだ。

「喜んでるよ。」

 そう言いつつ、しかめ面で煙を燻らせている。

「……いや、ちょっと面倒な事になっちまってさ、テンダンス出る事になったんだよ。」

「テンダンスってなんだ。」

 一口に社交ダンスと言っても何種類かある事は、マテオもこの友人の手前なんとなくは知っているが、テンダンスというのは初めて耳にする。

「社交ダンスって大きく分けて二種類あってさ、俺がやってんのがラテンじゃん?で、もう一つボールルームってのがあんのね。それぞれ五種類ずつ違うダンスがあって、それ全部、合わせて十種類踊るのが、テンダンス。」

 シンヤが簡単に説明するも、ジョルダニは首を傾げている。

「十種類も何やるんだ、バレエとかか?」

「いや違う、ワルツとか、タンゴとか、俺が普段やってるチャチャやルンバより、上品できっちりしたやつ。」

「アルゼンチンタンゴなら知ってるぜ。」

「いや、それもまた違うんだけど、まぁいいや。ボールルームチャンピオンのスギキってのがいてさぁ。」

 テンダンスは初めて耳にしたが、シンヤが煙と共に苛立たしげに吐き出したその名前には、マテオは聞き覚えがあった。

「あぁ、おまえと同じシンヤって名前のイギリス野郎だろ?」

「何で知ってんの?」

「おまえが自分で喋ってたんだよ、酔っ払って。」

「覚えてねぇや。とにかく、そいつに挑発されて、ノリでやるっつっちゃったんだよ。」

 シンヤはタバコをもみ消して、十種類のダンスを一日四十曲だぞ、と一人ごちて嘆いている。

「いいじゃねぇか、すげぇヤツなんだろ?そのスジーコってのは。」

 ジョルダニがシェイカーを振りながらスペルもかき混ぜる。

「スギキ、な。実質世界チャンピオンだよ。ボールルームの帝王とか言われてんだぜ?いけ好かねー。」

 そのやけに発音しにくい名前の帝王とやらを、朧げにもマテオとジョルダニが覚えていたのは、他でもないシンヤが二年ほど前に彼を絶賛していたからだ。

 その夜シンヤは、どこかのクラブで引っ掛けた女を侍らせてやってきたこのバーで、マテオのタブレットでわざわざ動画を流させて、スペイン語交じりの日本語で、そこに映るのがいかに素晴らしいダンサーかと興奮気味に語っていた。

「ほら見てよ、このターン、ペルフェクト!これ簡単にやってるように見えるけど、すげぇ難しいのよ、わかる?」

 いくらシンヤが熱弁を奮おうと、門外漢のマテオやジョルダニ、ましてやシンヤが連れてきた女には、簡単にやっているように見える以上の凄さはわからなかった。マテオは正直、その見てくれの整った燕尾服の男よりは、一緒に踊っている綺麗なドレスを纏った美しい女の方に目が行ったし、シンヤが引っ掛けた女も、興味のない話を半分意味のわからない言語で延々と捲し立てる男に愛想を尽かして、彼にしては珍しく、お持ち帰りかなわず逃げられていた。

 

-

 

『オラ、マテオ』

 HAVANA1959の店休日、マテオが自宅で恋人のコズエとセックスした後、ネットフリックスで適当に選んだリアリティショーを、観るともなしに流していると、シンヤから電話がかかってきた。

「よぉ、オラオラ詐欺」

 マテオの祖父母でさえもメッセージアプリを使いこなす昨今、かかってくる電話といえば、セールスか詐欺か、さもなくば未だにガラケーを使い続けているシンヤくらいのものだ。

『今からガレージ来いよ、ジョルも誘って』

 シンヤの住居横のガレージは、いつもこの辺りのラテン系住民達の憩いの場なっていて、マテオのアパートからも歩いて十五分程の場所だ。ジョルダニはマテオと同じアパートの一階に住んでいる。

「シンヤがガレージ来いって。」

 どうする?と聞くように、半裸のコズエの髪を撫でる。

「んーいいよ、腹減ったし。」

 丁度、ピザでもとるかと話していた所だった。ガレージでは大体いつも、HAVANA1959のオーナーでもあるサンティアゴが、何かしら食べ物を煮たり焼いたりして振る舞っている。

「わかった、行く。」

『そんで今日さ、サンティアゴのおっさんがロパヴィエハ煮てる筈だから、一皿取っといて。』

「なに、飯食ってないの?」

『俺じゃなくて、ボールルームの帝王様に食わせてやるの。』

 家で一人でゲームをしていたジョルダニも連れ立って、三人でガレージへ向かう。時折通過する高架線の電車の音に混じって、今日も誰かの歌声が聞こえてくる。

 マテオは初めてここに来た時の事を思い出す。不安で仕方がなかったあの時も、最初に聴こえてきた故郷と同じ音楽が、彼を迎えてくれたのだった。

 マテオの両親が離婚して、母親と共に日本に来たのは、彼が八歳の時の事だった。世界を放浪した末に、家族の反対を押し切ってキューバ人と結婚したマテオの母は、日本の両親からは縁を切られており、身寄りのない彼女の当分の住まいや仕事、マテオの学校の手続きなどの一切を世話してくれたのは、その頃も今と同じようにここで肉を焼いていたサンティアゴだった。彼がいつから日本にいるのか、歳は幾つなのか、家族はいるのかいないのか、はっきり知る者は誰もいないが、幾つかの不動産と不労所得がある彼は、慣れない異国で生活に困る同胞を、いつも親身になって支援していた。

「サンティアーゴ!」

「マテオ、ミホ!」

 実の息子ではないマテオの事を、いつも俺の息子(mijo)と呼ぶサンティアゴは、鍋をかき混ぜていたヘラを持ったまま、彼を力強く抱きしめた。

「ジョル、しっかり店の売上あげてるか?」

「ちゃんと帳簿見てんだろおっさん。」

「サンティアゴ、ロパヴィエハ一皿残しといてくれよ。シンヤが連れに食わせたいんだと。」

「またか。ったく、しょうがねぇスケコマシだなあいつは。」

「男だよ、ダンサー仲間の。」

「ダンサーだと?ここで踊るなら手狭だな、おまえまだシラフだろ、シンヤの車どけてくれ。」

 マテオはガレージに鎮座するクラシックなシンヤの愛車を、エンストさせながらなんとかシンヤの住居の前に移動させる。

 マテオが初めてシンヤに会ったのも、この場所だった。当時は中学に上がったばかりの十二歳で、仲が良かった小学校の友達とは学区が分かれ、他校からきた意地の悪いクラスメイトから、ガイジンなのに英語わからねぇのかよ、と揶揄われるのに嫌気が差したマテオは、よく学校をサボって、当時サンティアゴが住んでいたこの家に入り浸っていた。

「よぉマテオ、サボりか?こいつは俺のボウズのシンヤだ、キューバから遊びに来てる。おまえと同い年だ、遊んでやってくれ。」

 スズキのおじさんは、たまにここでダンスを教えたり、サンティアゴと酒を飲んだりしている謎の日本人だった。所帯じみた所のまるでないおじさんに、まさか子供がいるとは思ってもみかったマテオは面食らったが、新しい学校で居場所が見つけられずにいるマテオに「オラ!」と屈託なく笑いかける、自分と同じジャポネスキュバーノの少年の存在に、誰にも見えない透明な寂しさがふわりと溶けた事を、マテオは鮮明に覚えている。

 今ではすっかり色気の溢れる大人の男になったシンヤも、当時はもっと子供っぽく日焼けしていて、ブリーチの代わりに紫外線で赤茶けた癖毛も、声変わりしたばかりの掠れ声も初々しい、あどけない少年だった。

 シンヤもマテオと同じく両親は離婚していて、母親と共にキューバで暮らしているが、こうしてたまに日本の父を訪れて来るのだと言った。

「マテオの父ちゃんはキューバにいるんだろ?」

 はじめてプレイするマリオカートで豪快に逆走しながら、シンヤが聞いた。

「音信不通。風の噂だとメキシコで若い女と暮らしてるらしいって、母ちゃんが酔っ払って言ってた。でもキューバのアブエラ(ばあちゃん)とアブエロ(じいちゃん)とはたまに電話するよ。」

 世界的には既にスカイプが当たり前の時代だったが、当時のキューバではまだ、インターネットは一般人が容易くアクセスできるものではなく、それはつまりシンヤとも、彼がキューバに帰ってしまえば、そう簡単に連絡は取れない事を意味していた。このまま彼が帰らずに、日本にいてくれたらいいのに、自分と同じ彼が側にいてくれたら、ガイジンと揶揄われたってきっと平気なのにと、願ってやまなかった事を今も覚えている。

「兄弟はいんの?」

「いない。」

「マジで?俺、妹六人いるよ。」

「やべぇな。」

「やべぇ?やばい?何が?」

 シンヤの日本語は流暢で、ちょっと砕けた喋り方がスズキのおじさんによく似ていたが、父親の世代が使わないようなスラングには当然ながら疎かった。

「あー、えっと、やべぇってのは……うーん、例えばすごいとか、信じられないとか、良い意味でも悪い意味でも、エクストラオルディナリオ(普通じゃない)な事に何でも使えんの。めっちゃ便利!」

「へぇー、それって……やべぇ言葉じゃん?」

「そうそう、合ってる合ってる!」

 SNSでは繋がれなくとも、その後も一、二年に一度の頻度で来日するシンヤとマテオは、その度にここで会って一緒に遊んだ。そしてシンヤは二十歳になった年に、ダンスを生業に外貨を稼ぎ、とうとう九人まで増えた妹達の将来の選択肢に投資するため、日本国籍を選択し、正式に日本に居を移した。

「マテオの苗字ってホンダなの?」

 右も左もわからないまま、突然日本に住む日本人となったシンヤは、住民票や国保や年金といった、煩雑な手続きを手助けしたマテオのフルネームを、この時はじめて知った。

「おまえはスズキだもんな。覚えてもらいやすいだろ、苗字の方が。」

 スペイン語話者には時に発音が難解な日本名も、有名な車のメーカーと一緒ならば、誰もが知っていた。

「そうそう、俺は名前の方がさ、アブエラ(ばあちゃん)がどうしてもシンヤって言えなくて、シニャになっちゃうんだよな。」

 シンヤはおばあちゃんっ子だった。

「なぁマテオ、トヨタって友達いる?」

「いないけど、元カノはマツダ。でもスバルって男に取られた。」

 マテオの高校時代の苦い思い出に、シンヤは声をあげて、遠い記憶の中の懐かしいハバナの太陽のように笑った。

 

 夜も更けて、徐々に人が集まり、ガレージがすっかり温まった頃に、シンヤはやってきた。

「サンティアーゴ!ロパヴィエハ残ってる?」

 酷く場違いな堅苦しい佇まいの連れの男を、シンヤは勢いで押し込むようにテーブルに座らせて「食え、美味いから!」と目の前に大盛りの皿を置くと、咥えタバコで踊りながらマテオ達の方に近づいてきた。

「なんだ、えらく着飾ってんな。」

 連れの男の堅苦しさもさることながら、シンヤもキューバの正装であるグァジャベーラを着ている。

「スギキせんせー様とのデートはドレスコードが厳しーのよ。」

 どこぞの王族のようなテーブルマナーで、ロパヴィエハをちまちま口に運んでいる男を顎で指すと、シンヤは空に向かって煙を吐く。

「三つ揃えのスーツ着た執事みてーな白人のおっさんがワイン注いでくれるような店に連れて行かれんだぜ。」

「あれがボールルームの帝王様か。」

「そ、ワルツは上手に踊れても、ラテンのリズムはてんでなっちゃいねーから、教えてやって?」

「おまえの仕事だろ。」

「ははっ!ちょっと待ってて。」

 シンヤは自由に踊る人々の合間を縫って、ご機嫌に腰をくねらせながら、スギキの方に歩いて行った。

「やけに嬉しそうじゃねーか、あいつ。」

 酒が回って上機嫌のジョルダニが、マテオの肩を組む。

「フリック!フリーック!」

 シンヤが大声を上げて、皆の注目を集める。

「アブリードー(つまんない)!」

 どうやら紳士な客人に、ラムを飲ませようとしているらしい。面白がったジョルダニが、彼らの方に寄っていく。

「あんた帝王なんだって?いいね、がんがん行こうぜ!」

 場の雰囲気に突き上げられるように、シンヤと腕を交差させて、ボールルームの帝王は一気にラムを飲み干した。

「来い!来いって!」

 その勢いのまま、シンヤは彼をガレージの中央に引きずりこむ。

「笑え!笑えよ!いいから笑え、嘘でも笑え!」

 戸惑う男の様子が面白くて、マテオもシンヤの隣で彼を煽る。

「考えるな、鳴らせ!ラテンは身体を楽器にすんだよ!」

 シンヤの言葉に乗せられるように徐々に男の表情が解れていく。シンヤの手を取って、些か綺麗すぎるターンを彼が決めると、シンヤは嬉しそうに目を細めて笑った。

 踊り疲れたマテオは、テーブルで電子タバコを吸うコズエの隣に座る。

「大丈夫あいつ?何かキメてんの?ハイなの?」

 はち切れんばかりの笑顔のシンヤを、電子タバコで指してコズエが聞いた。彼女がそう思うのも無理はない。シンヤはしょっちゅうクラブやパーティーに出向いては騒いでいるが、それは彼が渇望する身をひりつかせるような刺激と情熱を、決して得られないと知りながら、自分の中に渦巻く熱を慰めるような、投げやりで、常にどこか寂しさをまとった行為だった。でも今日の彼の表情にはその寂しさが落とす影がなく、なんだかフワフワしている。

「ハイなのかもな。でも……」

 それは多分、大麻よりももっと彼にとっては作用の強い、合法で形のないものではないだろうか。嬉しそうにスギキと踊るシンヤを見ていると、なんだか隣で仏頂面をしているコズエが急に愛しくなって、マテオは彼女にキスをした。

 調理がひと段落したサンティアゴが、腰を摩りながら同じテーブルに座り、コズエと戯れるマテオと、スギキと踊るシンヤを順番に見て「若ぇな。」と言った。

 

-

 

「よぉ。」

 オーダーを取ってバーカウンターに戻ると、いつの間にか来ていたシンヤが、パーテーションにもたれてラムを舐めていた。

「なんでだろ、何か上手く踊れないわ。」

 マテオがカウンターの中に入ると、シンヤもカウンターのスツールに座る。

「結局アイツ主導なんだよな。利用するつもりなのに、利用されて、振り回されて、焦らされるっていうか。俺ってアイツにとって何なんだって……。」

 暫く見ないうちに、シンヤは随分と悩ましい顔をするようになっている。

「疑似恋愛だな。」

 マテオがそう指摘すると、シンヤはキツネに摘まれたような顔をして吹き出した。

「何言ってんの。」

 自分こそ、何を言っているかわかってるのかと、マテオは思う。

「欲情はするか。」

 少し踏み込んだ質問をマテオが投げれば、今度は露骨に眉間に皺をよせ、声を上げて笑い飛ばす。どうやら本気で無自覚らしい。

「正直になれ、同性にも興奮する事はある。」

 そうだろ、と加勢を求めるようにジョルダニに視線を向けるも、シンヤは「まさか!」と、とり合わない。

「……まぁ、他のやつに寝取られてもいいなら引けばいいさ、その程度のもんだったって。」

 まだ冗談だと疑わないシンヤは、ナイスジョークと言わんばかりに戯けてハンドシェイクを仕掛けて来るので、マテオはそれに合わせてやった。

 マルセロが歌うナディエサベ(誰も知らない)が、店内に心地よく響く。その歌詞に思わず聴き入ってしまったらしいシンヤは、頭に浮かんだ何かしらの考えを振り切るように、誰に対してでもなく首を振ると、物憂げに微笑んだ。

 

 シンヤは頑なに認めようとしないが、同性に興奮する事は、そうそう珍しい事でもないと、マテオは自身の経験で知ってる。

 仲間の誰かの誕生日には、大体ガレージに集まって皆で祝うので、平均して月に二、三度はクンプレアニョスフェリス(ハッピーバースデー)を歌っているが、あれは一昨年前のマテオ自身の誕生日の出来事だった。

 いつものようにサンティアゴが肉を焼き、酒に酔ったジョルダニが上機嫌で歌い、シンヤが年代物のラムを開け、付き合って間もないコズエもいた。

 そしてその年はまだ、昨年日本を離れてしまったフェリックスという男がいて、彼はそれなりに名の知れたプロのシンガーだった。マテオの誕生日祝いに一曲歌うという彼が、その時たまたま彼を訪ねて遊びに来ていた、プロのギタリストのカタリナに耳打ちすると、彼女はデスパシートのイントロを爪引きはじめた。歓声が湧き上がり、誰かがシンヤにバイラ(踊れ)!と言った。

 シンヤはいつもガレージで、タバコを咥えながら皆と踊っているが、それは音楽に合わせて軽くノっているだけで、本気で踊ることはまずない。しかしプロのギタリストのカタリナの演奏と、プロのシンガーのフェリックスの歌に合わせて、プロのダンサーのシンヤに踊れというのはつまり、金が取れるほどのショーをバースデーボーイにプレゼントしてやれという意味で、シンヤは勿論それに乗ってきた。

 タバコをもみ消し、シャツを脱ぎ捨てると、シンヤは恭しくマテオの手を取り、ウインクをして大袈裟な仕草で指先に口付けた。皆がどっと笑う。そこから先は、一体何が起こったのか、全てを明確に言葉にする事は出来ない。マテオは当然、シンヤのパートナーのアキでもなければ、社交ダンスなど齧った事もないので、振り付けなど何も知らないにも関わらず、マテオの身体はいとも容易く彼にくるくると回され、或いは彼がマテオの周りをくるくると回っていたのか、自分がこれまでにない程上手く踊れている気分になり、とにかくとても気持ちがよかった感覚だけが鮮明に残っている。

 時折どきっとするような仕草で絡みつくように舞われ、マテオが息を飲むと同時に、周りの歓声と笑い声がどっと湧き上がった。今考えればあれは、シンヤが歌詞に合わせて場を盛り上げるために、あえて女性の振り付けを混ぜて、わざと官能的に誇張して踊っていたのだろう。

 あ、やばいな、クるな、と思ってしまった瞬間、耐えきれず少し前屈みになった。

 

 歌が終わると、ガレージは熱い拍手に包まれた。マテオは特別なショーで誕生日を祝ってくれた三人に、肩先だけでハグをして心から礼を伝えると、隅の草臥れたソファに腰を下ろして、額の冷や汗を拭った。

 コズエがにやにやしながら近づいてきて隣に座り、マテオの肩を抱いて顔を覗き込んだ。

「あんたちょっと勃ってたでしょ?」

 彼女相手に誤魔化せるとは、はなから思っていなかったが、それでもバツが悪かった。

「……浮気じゃないぜ。」

「もちろん、同性にも興奮する事くらいあるからね。」

 バイセクシャルのコズエはそう言うと、生まれて初めてのセクシャリティクライシスを味わったマテオを宥めるように、優しく彼の頬にキスをした。

 

-

 

「よぉ」

 新年を迎えて数日経った頃、シンヤはまた店に来た。

「フェリスアニョヌエヴォ(あけおめ)!」

 ジョルダニがハバナクラブをグラスに注いでカウンターに出す。

「よぉシンヤ、帝王との恋路はどうだ?」

 マテオが冗談半分にそう聞くと、シンヤの反応が一拍遅れた。

「……何言ってんの。」

 焦ってタバコに火をつけたシンヤの顔を、マテオが覗き込む。いつもの彼らしくもなく、その視線は逸らされる。そしてゆっくり煙を吐くと、隠しきれない緊張でどこか強張ったままの胸を張り、ようやくマテオと視線を合わせた。

「ノスベサモス(キスした)」

 往生際の悪いシンヤの口角が一瞬僅かに動いて、冗談、と付け足そうとする。しかし動じないマテオの視線を前に、彼はもう取り消しがきかない事を悟り、ようやく脱力して乾いた笑いを小さく溢した。

「……驚かないね。」

「恋愛感情だろって言ったのは俺だぜ。否定したのはお前だ。」

 シンヤは首を傾げて、悩まし気に顔を顰めた。

「いや……恋愛、とかじゃないだろ、もっとこうなんか、熱みたいな、湧き上がる感じっていうか。」

「そんなに難しい話か?」ジョルダニが割って入る。「おまえ、スジギが他の女と、男でもいいや、キスしたらどう感じる?」

「それは嫌でしょ。あと、スギキな。」

 シンヤはあっけらかんと答える。

「そうか、じゃあ俺とマテオがキスしたら?」

「それはおもろいわ!」

 と言ってすぐに、語るに落ちた事に気づいたシンヤは、舌を少し噛んで苦々しく笑った。

「そもそもおまえはさ、これまでまともに恋愛した事あるのか?最後の恋愛は誰だ、言ってみろ。」

 マテオはバーカウンターに両手をついて、シンヤを問い詰める。

「あの子だろ、あの、なんだっけ?ミカちゃん。」と、なぜかジョルダニが横から答える。

「ミナだろ。」と、シンヤが突っ込む。

「マナだよ。」と、マテオが訂正する。

「ぎゃはは!ひでー奴だなおまえ!」

 真っ先に名前を間違えたジョルダニが、大声で笑う。

「だから彼女じゃないって。二、三回くらいしか会ってねーもん。」

「いや、十回以上は会ってたよ。」

 それでシンヤに本気になってしまった彼女とのいざこざをおさめたのは、他でもないマテオだった。

「恋愛ってなんだろ?最後の恋愛……えー、アキかな?」

 

-

 

「あれはね、若気の至り。」

 なぜかシンヤのいない時に一人で店を訪れるアキは、いつもカウンターで水のようにがんがん杯を重ねてゆく。

「まぁ、当時はいっちょまえに恋愛してるつもりだったけど、今思い返すとやっぱ違うんだよね。なんていうかさ、私らは若いうちに一度ヤっとく必要があったのよ。どうしてもダンスのパートナーって、未だになんだかんだ、プライベートでも付き合っててなんぼみたいな圧力あるもんだし、めんどくせーんだよね。あ、ジョルちゃんモヒートおかわり。」

 ジョルダニが手早くモヒートを作って、アキの前に置いた。

「でも、シンヤがああいうやつなのに、私らがこんだけ長く安定して組んでられるのは、一度二人で気が済むまでヤり尽くして、ちゃんとお互いにきっぱり飽きたからだと思うんだよね。」

 アキがグラスに口をつけると、モヒートは一気に半分まで減った。

「踊ってる時は熱愛中の恋人同士に見えなきゃいけないわけでさ、それも文字通り尻の穴まで知り尽くした相手なら、変な照れも遠慮もなく思いっきりベッタベタにかましてやれるっていうか。」

 アキは再びグラスに口をつけ、なくなってしまうのが惜しいのかなんなのか、微妙に一口だけ残してグラスを置いた。ジョルダニは次の一杯を作り始める。

「つーかもう別れて何年も経つのに、私未だに定期的にあいつのチンコ見せられてんだよ。やんなっちゃうよね。」

 クラブで騒いで、その夜の相手の女を家に連れ帰り、素っ裸で寝ている所をアキに叩き起こされて、急いでその日のレッスンに向かうというのが、欲求が溜まった日のシンヤのルーティンだ。

「……あれ、でもそう言えば最近は見てないかも。」

 近頃の彼はこのバーにも、一人でシラフでやって来る。

「そうだ、シンヤに聞いてると思うけど、来週私らイギリス行くんだ。」

 マテオはジョルダニと顔を合わせた。二人とも何も聞いてない。

「ワールドチャンピオンシップデビュー!やべー、緊張する。モヒートおかわりね。」

 

-

 

 既に日付が変わった頃、店の扉が開くベルの音が鳴った。

「もう閉店でーす!」

 表の電灯は消して、クローズドの看板も出してあるというのに、コズエと二人で飲んでいる所に水をさされて、マテオは少し苛立ちながら声を上げた。しかし無粋な客人は、聞く耳を持つ様子もなく、テーブルにぶつかりながらずかずかと店の中に入って来る。

「なんだ、シンヤか。」

 いつものスツールに腰を下ろそうとした彼はしかし、バランスを崩して床に転がり落ちた。

「おいおい、大丈夫か?」

 ここまで泥酔した彼を見るのは、久々だった。

「……っく、ダメウントラゴ(一杯ちょうだい)」

 呂律の回っていないスペイン語で、しゃっくりをしながら、シンヤは酒をねだる。

「閉店っつったろ、大体おまえ飲み過ぎ、もうやめとけ。」

「いいから」

「悪いこと言わねぇから」

「いいから!」

 マテオは大きくため息をつく。こうなるとシンヤはテコでも動かない。気は進まないが、カウンターの内側に手を伸ばし、ジョルダニが洗って拭き上げておいてくれたグラスを取った。ハバナクラブはカウンター背部の棚に並べてあるが、招かれざる迷惑な客のためにわざわざ中に入るのも面倒で、コズエと二人で飲んでいたボトルから、定量の半分だけ注いで、ボトルと一緒にシンヤの前に置いてやった。

「たまには違うのもいいだろ、キルデビル。」

 シンヤは酒で焦点の合わない目を凝らして、見慣れぬボトルをまじまじと眺めている。

 マテオは再びカウンターの中に手を伸ばし、一番大きなビールジョッキを取ると、逆手で蛇口を捻って、並々と水を注いだ。

「水も飲めよ。」

「ちょっと、大丈夫?」

 コズエが電子タバコの煙を吐きながら、眉を顰めて言った。マテオは軽く頷く。最近のシンヤにしては珍しいが、前後不覚になるまで酔った彼の世話を焼くのは、何もこれが初めてのことではない。

「……死神」

 ボトルに描かれた悪魔(デビル)の絵を指で撫でながら、シンヤがぼそりと言った。

「悪魔だよ。」

「……死神って言うんだよ、アイツ、自分の事」

「誰が何だって?」

「アイツが……苦しそうに、踊るからさ、」

 シンヤの声が、震えていた。

「……スギキか?」

 酔いのせいだけではなく、シンヤの様子がおかしい事に気づき、マテオは彼の俯いた顔を覗き込む。

「俺……俺なら、アイツの天使になってやれるって思ったんだ……でも、」

 アルコールで靄がかかったシンヤの瞳から、涙が一筋流れ落ちた。

「ねぇ、何言ってんのそいつ?」

 スペイン語がわからないコズエが、怪訝そうに聞く。マテオは彼女を振り返り、小声で「失恋だ。」と言った。

「うっそ。マジ?」

「ちょっと、ごめんな。」

 折角のデートだったのに、コズエには悪いが、親友の緊急事態だ。コズエは気分を害した様子もなく、頷いて電子タバコのカートリッジを入れ替えた。

「交われないんだってさ……俺とは」

 それは単純にセックスの話なのか、それとも精神的な繋がりの話なのか、マテオには知る由もないが、拒絶の言葉には違いない。

「……あいつにそう言われたのか?」

 シンヤの縮こまった背中に、マテオは手を添える。

「そんなの……違うだろ」

 とうとう両の瞳から涙が流れ出したシンヤの背中を、マテオは大きく撫で摩る。背後で大きなため息が聞こえ、コズエがスツールから降りてシンヤの隣に回り、腰を下ろした。電子タバコを右手に持ったまま、左手でシンヤの肩を揉むように小さく撫でる。

「……あんたも失恋することあるんだね。ちったぁあの時のマナの気持ちがわかったかよ。」

 かつてシンヤが遊び捨てたマナは、コズエの親友だった。当のマナ以上に憤ったコズエが「シンヤって奴に話あんだけど、いる?」と、このバーに乗り込んできたのが、マテオと彼女の出会いだった。

「あの子ね、今北海道でダンナと子供と幸せに暮らしてるよ。……でもあんたはそんな事、興味ないんだろうね。」

 はなからシンヤにその気がないとわかり、婚活サイトに登録してさっさと結婚してしまったマナ以上に失恋が尾を引いたのは、コズエの方だった。彼女が親友のマナに、何年も叶わぬ片思いをしていた事をマテオが知ったのは、その後一人でこのバーに飲みに来るようになった彼女が酔い潰れて「マナ、北海道に行っちゃうんだって」と言って、はじめて涙を見せた夜の事だった。

 

 マテオはもともと今夜は、店からも近いコズエの家に泊まるつもりだったが、シンヤが酔い潰れてしまったので、タクシーを呼んで彼を自宅まで送り届け、コズエと二人がかりでベッドまで運び込んだ。

 枕元に水と頭痛薬を置いて、一度も施錠された事のない彼の自宅を後にした。二人でマテオのアパートまで歩く道すがら、マテオは少し悩んで、アキにメッセージを送った。

—シンヤがうちの店で酔い潰れて、今家まで送り届けたから

 時間は深夜の二時を回っていたが、アキからはすぐに返信がきた。

—あのね、私はシンヤの彼女でも母ちゃんでもないんだけど

—わかってるよ、でも、なんかあったんだろ?イギリスで

 チャット画面に、入力中である事を示す三つの点が、出ては消えてを繰り返した後、簡単な返信がきた。

—明日の朝様子見にいく、そんでいい?

—ありがとな、アキ

—こっちこそ、いつもありがとね

 

-

 

 それからしばらくシンヤは店に顔を出さなかった。冬の寒さが薄れ、春の気配が訪れる頃、少し疲れた様子のアキが一人でやってきた。

「私も何があったのか、詳しくはわからないんだよね。あいつ何も言わないからさ。」

 モヒートを掻き回しながら、彼女はため息をついた。

「ボールルームの練習も再開する気配がないし、テンダンスどうするつもりなのか、私もいい加減聞かなきゃいけないんだけど、変に問いただして追い詰めちゃってもまずいしさ。」

 心なしか彼女のモヒートが減るペースに、いつもの勢いがない。

「あいつにとって……こういうの、はじめての事だと思う。」

 シンヤから直接何も言われていない限り、その出来事に勝手に名前をつけない言葉選びに、彼女の思慮深さが表れていた。

「マテオ、時間ある時に様子見に行ってやってよ。……シンヤ、一緒に踊ってる私には言いにくい事もあると思うからさ。」

 アキはそう言って、ようやくモヒートを飲み干した。

 

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 ガレージの周りの私道は舗装がされておらず、春になると雑草が伸びてくる。刈払機を担いでせっせと除草をするサンティアゴの視界に入って、マテオは大きく手を振った。

「マテオ、ミホ!」

 機械を止めて、防音の耳当てを外しながら、サンティアゴがいつもと変わらぬ陽気な声を上げた。

「精が出るね、サンティアゴ。シンヤいる?」

「シンヤなら屋上で踊ってるぜ。」

 ガレージ横の階段を上がると、空が大きく広がる。太陽を背負って一人で踊るシンヤは、どこか神々しく、マテオに気づいて踊りを止めようとする彼に、そのまま続けて、と仕草で伝えた。

 まるで何かの儀式のようなゆっくりとした動きで、徐々に空気が彼に支配され、静まり返ってゆく。終わるまで見守るだけのつもりが、マテオはいつの間にかその静謐な美しさに惹き込まれていた。やがて儀式は終わりを迎え、シンヤはゆっくりと動きを止めると、裸の胸に滴る汗を、柵に掛けていたシャツで拭った。

 マテオはゆっくりと彼に近づく。

「最近店に来ないじゃん。」

 あくまでも軽い調子で、そう切り出してみた。シンヤは呼吸を整えると、マテオの顔を見る。

「この前は世話かけたな。悪ぃけど何も覚えてなくて、アキからおまえが家まで送ってくれたって聞いた。」

 記憶がないのも無理はない。あの夜バーに来た時点で、彼は相当酔っていた。

「……大丈夫か?」

 マテオはシンヤの顔を覗き込んで、慎重に聞いてみた。

「何で?」

 シンヤの目が泳ぐ。

「……あの日、俺何か言った?」

 アキにも話していないくらいだ。きっとまだ、酒の力を借りずには、誰にも何も言えずにいるのだろう。

「何も聞かなかった事にして欲しいか?」

 マテオはシンヤの目を見てそう聞いた。彼がそう望むなら、今は無理に何かを聞き出すつもりはなかった。シンヤはしばらく無言でマテオと顔を見合わせていたが、やがて小さくため息をついて、泣きそうな目で笑うと「フラれたわ。」と言った。

 いつだってハバナの太陽のようだったシンヤの笑顔は、イギリスの寒空を知って、その瞳に悲しみの影が差していた。

 マテオは少しだけ口角を上げると、何も言わず両手を広げた。泣きそうな笑顔のままのシンヤが、上から覆い被さるように、マテオの胸にその大きな身体を預けてくる。マテオは力強く、その鍛え上げられた身体を抱き返した。

「また店に顔出せよ。ジョルも寂しがってるから、な。」

「……グラシアスマテオ、ミアミーゴ」

 

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 季節は移ろい、うだるような日本の夏の猛威がようやく落ち着きかけた頃、HAVANA1959の扉が、来客を告げるベルを鳴らした。

 常連の男は、ホールでテーブルを片付けているジョルダニとすれ違い様に拳を合わせると、汗に濡れた髪を掻き上げながら、真っ直ぐカウンターに向かって来る。

「よぉ」

 いつものスツールに腰掛けて、タバコに火をつけた彼の前に、マテオはハバナクラブを注いだグラスを置いた。

「今日は店の奢りだ。おめでとうシンヤ。」

 シンヤは口元に笑みを浮かべながら、眉間に皺を寄せて首を傾げた。

「俺、アジアカップ三位だったんだけど?」

「三位を祝わない理由はあるか?」

 シンヤはマテオと目を見合わせたまま、指先でグラスの縁をくるりとなぞった。

「……アキが何か言った?」

 マテオは思わず吹き出す。

「あのなぁ、一人でいつまでも時代に取り残されてるおまえは知らないんだろうが、世の中にはインターネットってもんがあるんだぜ。」

 シンヤは思わずニヤける口元を引き結び、赤らんだ顔を隠すように項垂れた。

「拡散されてるぜ、おまえがスギキと踊ってる動画。おまえきれいだったよ。」

 二日前の大会の日に上げられたその動画を見つけて、マテオに見せたのはジョルダニだった。画面の中のシンヤはスギキの腕の中で、身体中から溢れ出る喜びを纏って、どんなに豪華に着飾った女も敵わない程美しく舞っていた。

「……アイツ以外の奴からきれいって言われると、なんかむず痒いわ。」

 言外にスギキから美しいと言われた事があると認めたシンヤは、赤面したまま口元を隠すように、タバコを持った手で鼻の下を撫でている。

「そうか、じゃあかっこよかったにしといてやるよ。」

 シンヤはタバコの煙を吐くと、笑顔が隠しきれない下唇を噛みながら、照れ隠しをするように首を振った。

「今度スギキもここに連れてこいよ。」

 マテオは自分のグラスを掲げながらシンヤにそう言った。シンヤはグラスを持ち上げながら、声は出さずに小刻みに何度か頷いた。

「サルー(乾杯)!」