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【黒ひげの】ある一級航海士のルーティン【右腕】

Summary:

イジーハンズの1日に密着しました。
One day Izzy suddenly asked Lucius to write his day.
English ver→ Please wait.

Work Text:

【黒ひげの】ある一級航海士のルーティン【右腕】

 イジー・ハンズの朝は早い。
 まだ他の船員が寝静まっている時間から目を覚まし、誰よりも早く洗顔を済ませる。そして甲板に出ると、大海原に昇る朝日を眺めながら歯磨きをする。
 …普通歯磨きって朝ごはん食べた後にするものじゃないの?順番が逆じゃない?
「おい余計なこと書いてるんじゃねえだろうな、ルシアス」
シャコシャコと無言で歯磨きをしていた彼が突然振り返る。僕は慌てて羽ペンを動かす手を止めた。
「まさかぁ〜、言われた通り、ありのままを記録してるよ」
そうヘラヘラと笑って返すと、イジーはジトッとした冷たい目つきのまま、再び歯を磨き始めた。『俺の一日を文章で記録しろ』なんて突拍子もないこと頼んできたのはそっちのくせに、ずいぶん態度でかいじゃん。怒った顔がハマグリみたい…っと。

 歯磨きを終えると、夜に灯した船中のろうそくを順番に吹き消す。その次は爆弾のメンテナンスだ。最初は船員たちの当番制だったけど、皆すぐ順番を忘れるので気づけばイジー1人の仕事になっていた。
 「あぁもう、火薬が湿気っちまってるじゃねえか!これも、これも…」
イジーは無造作に転がされた爆弾に舌打ちしながら、一つ一つ拾い上げると布で入念に擦っていく。キメの細かい布で爆弾の表面の汚れを落とすことで、大砲から勢い良く発射されやすくなるらしい。
「へぇ〜、爆弾ってこうやって整備するんだ」
「本来はお前もやる仕事なんだがな」
完全に他人事のつもりで見ていたので、イジーの指摘にギクっと背筋が伸びる。僕は聞こえなかったふりをして、しれっとノートに書き込みを続けた。

 しばらくすると他のクルーたちも起きてきて、ようやく朝食の時間になる。ローチの作る料理はあり合わせながらいつも絶品だ。皆がっついて食べるから、食卓は案外静かである。
 「ルシアス、食事中くらいペンを置きなさい」
食卓に並んだ品々をメモしていると、スティードがまるでお母さんのように注意してきた。ナイフとフォークを上品に使って干し肉を切り分けており、その横に座るエドワードも一生懸命それを真似している。
「えーと、今日食べたものを記録しなくちゃいけないんです」
既にノートに『本日のイジーの朝食』欄を設けてしまったのだ。この空欄を埋めないと全体のバランスが悪くなる。ニシンの塩漬けに、マーマレード付きの乾パンに…。
「なんで?普段はそんなことしないだろ」
隣のピートは乾パンを奥歯で噛みちぎりながら、僕のメモを覗き込んだ。所々に書き足した挿絵を見て、上手だなと真顔で感心している。
 「それが、イジーに頼まれて…」
「あ〜〜いや〜〜たまには良いんじゃないか?」
僕が話し出そうとすると、突然イジーが大声でそれを遮った。何かカトラリーをブンブンと振ってすっとぼけている。あの、ステーキを突き刺す時使う、先端が2本のフォークみたいになってるやつを振って…あぁこれは絵で描いた方が早いや。
「なんだイジー。何か理由でも?」
「え〜〜その日の食事を記録すれば、倉庫の食糧を確認できます。それに健康にも良い」
エドワードは手元のナイフとフォークの取っ組み合いから顔を上げて尋ねる。するとイジーは、すぐにスラスラと見事な誤魔化し文句を連ねた。
「おやエド、そのナイフは持ち方にコツがいるんだ。付け根に右手の人差し指を添えれば…」
「おぉなるほど!肉が嘘みたいに切れるぜ!」
スティードがそんな声をかけたことで、キャプテン達はまたすぐ二人の世界に入ってしまった。えっと、これはお咎めなしってことなのかな?
 向かいの右端に座るイジーと目線を合わそうとするが、大きなボウルをめいっぱい傾けて顔も見せてくれない。仕方ないので僕は味の感想を書くパートに入った。

 朝食の後はマストの点検を行い、昼食を食べて午後になると、いよいよイジーの一日で最も重要な仕事がやってくる。すなわち、明日の航路の決定だ。
 潮の様子や空模様、船内の在庫、今後の予定など様々な状況から、この先どこへどう向かうのかを多角的に判断する。船長に仕える一級航海士にとって何より大切な役目だと言えるだろう。
 15時。イジーは一足先に船長室に入り、書斎の机の上に海図やコンパスをあれこれと広げて会議の準備を始めた。本来はエドワードとスティード、そしてイジーの三人が集まるのだが、スティードはこの時間アフタヌーンティーに忙しいそうだ。そのため、あまり会議には参加しない。確か昨日もスリランカから上質な茶葉を取り寄せたって言ってたっけ。
 そうこうしているうちに、ドアの向こうからゴツゴツと重たいブーツの足音が近づいてきた。エドワードがやってきた証拠だ。これは議事録を付けないと…。

「お疲れ様です」
「おう、ご苦労」
「それで、明日の航路はどうしますか」
「まっすぐでいいだろ」

以上。
エドワードはギィっと椅子を引くと、さっさと部屋から出ていった。せっかく新しいページに書き始めたのに、たった4行。部屋に残された僕とイジーは二人、顔を見合わせる。
「これが一番大切な仕事?」
「……お前も上司を選ぶ時は考えろよ」
イジーは盛大にため息をつくと、ガサガサと机に広げた海図を畳む。その背中には、どこか哀愁が漂っていた。

 海賊は夜も早い。僕たちは太陽に合わせて生きているから、陽が沈んで夕飯を食べたら、後は寝るくらいしかすることがないのだ。
 そういうわけで、僕は就寝前にイジーの寝室へ報告に行った。
「おぅ、来たか。見せてみろ」
イジーはいつもの全身レザーからラフな寝巻きに着替えていた。『あれは黒ひげの元で働き始めた時から着てるらしいぞ。なるべく憧れのキャプテンに寄せようとしたんだ』といつかファングが言っていたのは本当なのかな。
 言われた通り今日のノートを渡すと、彼はペラペラとページを開くなり、目を丸くした。
「何だこれ、本当に俺の記録か?」
見開き一面にはイジーのことを書いた文章を中心に、あちこちに僕オリジナルの可愛いイラストや装飾が施されている。我ながら結構キュートに仕上がったんじゃないかな。
「上手に描けてるでしょ?」
イジーは反論らしい反論も浮かばなかったのか、顔をしかめてウググと唸る。確かにちょっと彼の趣味ではないかもしれないけれど、クオリティは疑いようがないからね。
 「ところで、何で自分の一日を記録してくれなんて頼んできたの?」
僕は一日中思っていた疑問を、ようやく彼にぶつけた。まじまじとノートを読み込んでいたイジーは、顔を上げるとシニカルに笑う。
「これを見せて、俺がいかにこの船で不遇な思いをしてるかってのを黒ひげに訴えてやるんだ。キャプテンは字が読めないが…お前が証人となって一緒に読み上げれば、納得してもらえるだろ」
 え、いつの間にキャプテンの前で自作の文を音読させられることになってたの?唐突な宣言に、僕は思わず困惑を隠せない。というかそれより…
「不遇?あなたが?」
僕はイジーの手からパッとノートを取り上げると、今日の記録を改めて読み返した。
「ローチは朝食であなたの嫌いなピクルスを抜いてくれたでしょ。フレンチーは午後に掃除を手伝ってくれたし、ジムは夕方剣術の練習に付き合ってくれた」
「だから何だ」
 勝手に自分の読んでいた本を奪われ、イジーは露骨に不満そうな態度だ。あの苦虫を噛み潰したような顔でチッと舌打ちした。
「黒ひげはあなたが弾数を報告した時『よく励んでいるな』って言ってくれた」
「……」
「あなたが高いマストに登って作業してるのを見て、心配そうにしてた」
「……それで?」
「あなたのいない所でだけど、『あいつはよくやってるよ』って言ってた」
 イジーの万年寝不足のブルドッグのようだった目つきは、気づけば餌を貰えたヨークシャテリアそっくりになった。最後のは、その後に「まぁそういう真面目すぎるところが、たまに面倒くせぇんだけどな」と付け足すのが正確なんだけどね。
「……黒ひげに文句言うのはまた今度でも良さそうだな」
「うん、それが良いんじゃない」
 妙に頬を緩め、ニヤニヤとするイジーに適当に相槌を返す。これでこの変な仕事は終わり。さーて僕もさっさと寝よ…と扉のノブに手をかけたところ、「おい」の一言で引き止められた。
「その記録は俺が貰う」
 言うが早いか、イジーは僕からノートを引ったくると、今日のメモの部分をビリビリと破り取ってしまった。
「あーっ!?貴重な紙なのに!」
「うるせぇ。さっさと行け」
 イジーから突き返されたノートは、一部が破れて見るも無惨な姿になってしまっている。スティードにお願いして買ってもらったばっかりだったのに、と僕は思わずため息をついた。今夜の彼は、一晩中あの紙を眺めながらニヤニヤするんだろうな。

 …いや、それも面白いから、まぁいいか。
「うん、おやすみ」
あまりに容易に浮かぶその様子にほくそ笑み、僕は彼の寝室を後にした。