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Rating:
Archive Warning:
Category:
Fandom:
Relationship:
Characters:
Additional Tags:
Language:
日本語
Series:
Part 1 of メンタル不安定シリーズ
Stats:
Published:
2022-09-18
Words:
2,875
Chapters:
1/1
Kudos:
4
Hits:
71

自己肯定感低すぎエド / He feels low about himself

Summary:

10話後、スティードがリベンジ号に帰ってきてしばらくしてからの話です 帰ってきた直後は殺意マシマシで迎えてすったもんだ合ったけど、だんだん落ち着いてきて、黒いメイクも落としてだいぶ回復したように見えるけど自己肯定感はクソほど低くなったままのエドです
The setting is some time after Episode 10, when Steed returned to the Revenge.

Work Text:

自己肯定感低すぎエド

 

 愛されているという自覚はあった。
「おはよう」
目を覚ますと、スティードがティーカップにメープル色の液体を注いでいた。部屋全体にふんわりと茶葉の上品な匂いが漂い、鼻腔をくすぐる。まだおぼろげな意識のまま、釣られるようにふらふらとソファーへと近寄った。
「ミルク少々に、砂糖7個だ」
口をつけると、寝起きの乾燥した喉をほんのり暖かい紅茶が潤していく。「美味しい」と呟いた声はまだ少し掠れていた。
 すっかり習慣と化した朝の紅茶だが、これが私好みの甘さ、私好みの温度、私好みの茶葉で仕上げられた完璧な一杯であると気づいたのは割と最近の話である。茶葉なんか、ずいぶん昔に「これうまいな」と言った時の銘柄を彼がずっと覚えていて、高い品種なのにわざわざイギリスから取り寄せてくれているらしい。スティードは何も言わないので、気づくのにずいぶん時間がかかってしまった。
 「今日は少し顔色が良くなったね。よく眠れた?」
スティードは私の顔を覗き込むと、穏やかな調子で尋ねる。私自身は鏡をほとんど見ない程自分のことに無関心なのに、よく気がつくものだ。
「ああ。大砲にワイングラスやフォークを詰めてぶっ放す夢を見てな」
少しおどけて話すと、スティードはくすくすと口元に手を当てて笑った。彼が笑う時目の横のしわがぎゅっと折り畳まれるのを、私はいつも眺める。
「髪からラベンダーの匂いがする。あの石鹸、使ってくれたの?」
「あぁ、まぁな」
 スティードが居なくなってから、ほとんど捨てたと思っていた彼の私物。石鹸だけは浴室の隅でカケラになって残っていたらしく、ふと気がつくとソープトレーに戻っていた。
「触っていい?」
スティードは私の髪に手を伸ばしかけて、そう尋ねた。私が頷くと、スティードはチリチリして引っかかるであろう髪の毛にゆっくり指を通す。二人の間に春風のような匂いが漂い、静かな時間が流れる。
 リベンジ号に戻ってきてからのスティードは変わった。二度と私を傷つけてはなるものかと、彼の持ちうる全てを注いでくれているのを感じる。彼は薄い花弁に触れるかのように左の耳たぶに指を絡めると、ほとんど消えそうな声で囁いた。
「愛してる」
 反射的に、体がギクッと強張った。身体中の血が一瞬巡るのをやめて、止まってしまったようになる。あぁ、まずい。きっと優しくとろけているであろうスティードの瞳を見られない。
 彼はそんな私の変化に敏感に気づいて、黙ってその手を離した。
「…お、美味しかった。ご馳走様」
気まずい空気をどうにも出来ないまま、逃げ出すように部屋を出る。淹れてくれた紅茶は結局、ほとんど飲めなかった。
 愛されているという自覚はある。でもそれは温かな湯船で溺死するような感覚に近い。私は今のスティードが向けてくれる愛情に、とても対処できずにいた。

 

 スティードの愛は、慈悲深くどこまでも大きい。なんというか、金魚に「自分は飼われている」と気づかないほど巨大な水槽を与えるみたいに。それってとても幸福なことだろ?
 だから私は、この愛情に応えないといけないんだ。
「キス、して良いかい?」
スティードが少し緊張した様子で尋ねてきた。
 今夜はくだらない話に花が咲いて、酒も少し入って、久しぶりに二人きりで盛り上がった。まるであの頃に戻ったみたいに。だから「あ、良い雰囲気になってるな」ってことには薄々気づいていた。
 誰もいない船長室。見ているのは窓に差し込む月光だけ。
「…あ、あぁ」
ここで断るのもいけないだろう。俺は少し息を整えると、覚悟を決めて頷いた。
 瞼を下ろした彼がぐっと近づいてきて、口に温かい感触が当たる。すると、閉じようと思っていた瞳がぱっちりと開いてしまった。
 あれ。こういう時って、どう振る舞えば良いんだっけ?手の位置は?声は?呼吸は?唇は…開く?全身が石のように固くなって、動けなくなってしまう。キスってこんなに、臆病で怖いものだっただろうか。
 顔を離したスティードは、私が目を見開いて硬直しているのに気づいた。
「…エ、エド?大丈夫?」
彼は思わず私の肩を掴もうとしたようだが、おっかなびっくりその手を引っ込める。その途端、瞳に表面張力いっぱいに溜まった涙が溢れ落ちた。
「わからないんだ…」
零れた声は、死にかけの小鳥のようにか細かった。流れる涙を何度も手で拭ったが、止まるどころかますます溢れ出してくる。
 「どうして…俺なんかを愛してくれるんだ?」
スティードが最大限の愛を与えてくれるのに、嫌がっているような反応しか出来ない自分を殴りたくなる。彼を不安にさせまいと早口で言葉を伝えようとするが、鼻が詰まってますます呂律が回らなくなった。
「エド…?」
「愛されてるとはすごく思うんだ…毎朝、美味しい紅茶も淹れてくれるし、ぁ、愛してるって、言ってくれるし…でも、どうしたらいいのか分からなくて…」
 私にとって、愛とはおとぎ話だった。ユニコーンや人魚姫みたいな伝説上の生き物と同じだ。そんな存在といざ遭遇した時どう対処すればいいかなんて、お話の中には書かれていない。
「エド、ごめんね…君にずいぶん無理をさせてしまっていたんだね」
「違う、スティードが謝ることじゃない」
 ただずっと抑えていた不安な気持ちや葛藤が、一度溢れ出したら止まらなくなっただけだ。子供っぽいとは思いつつも、嗚咽を漏らして首をぶんぶんと横に振る。
 「君を愛する理由かぁ…たくさんあって数えきれないな」
スティードはそう言うと、少し照れ臭そうにはにかんだ。自分の真横に座る彼のその表情が、涙で歪んで見える。
「この美しい髪とか、大きな瞳とか…それに君は強いけど、優しい心も持っているだろ。そうやっていっぱい悩んだりするところも、すごく素敵だと思う」
 いや、私の髪も目も、おばけみたいで不気味だ。優しい心とか…よく分からない。温かいことを言ってくれているのだろうが、頭に入ってこない。だってこんな自分を彼が愛してくれること自体、信じられないのだから。スティードはどこか懐かしそうな声色で、少し真剣に続けた。
「それにね、妻のメアリーが言ってたんだ。愛って気楽で、呼吸してるみたいなものだって」
 「気楽?そんなわけない、痛くて苦しくて仕方ないんだ!」
今すぐ胸が張り裂けて、中からトゲトゲしい結晶でも出てきて死んでしまう気がする。もしかして、この感情は愛ではないのだろうか。自分なんかを愛してくれるスティードに抱く『どうして』の疑問は、最終的に恐怖へと代わってしまう。
 「ねぇ、エド。顔を上げて」
顔を手で覆って俯いてしまった私の頭上から、温めたクラムチャウダーみたいに優しい彼の声が降ってくる。そしてその親指が震えるほど慎重に、私の目に溜まる水を拭った。
 「君の痛みや苦しみを、僕がきれいに消してあげる…っていうのは出来ないと思う」
少し見えやすくなった視界で彼は、眉をトロンと下げていた。辛いのを誤魔化して笑っている時のスティードだ。
「だから僕にも、それを分け与えてくれるかい」
 痛みを分け与える?…私はおずおずと彼の右手を取って、そっと自分の胸に合わせた。
「分かるか…?ここが痛むんだ。すごく。ずっと」
私と彼の手のひらの下で、心臓がドクドクと早鳴りを続けている。多分息を潜めて聞かないと感じないほど微かな振動だ。
「うん、伝わるよ。とっても熱くて、早くて、痛いんだね」
 私の痛みが、この武骨な指から彼の白い指へ染みて、血管を通ってスゥッと彼の胸へと流れていくのを想像した。それが痛みであろうと、彼と何かを芯から共有できるのは、なんだか嬉しい。
 「私は愛されてる、愛されてる…」
彼の胸元で、自分に言い聞かせるように何度も何度もそう呟く。スティードは何も言わずに、そっと優しく私の胸を撫でた。私みたいな人間でも、愛されても良いんだ。今ならちょっと素直に、そう思える気がした。

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