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手を繋いだ日

Summary:

再会後もだもだしているシャアシャリ(シャア→シャリア)とそんなシャリアがモブにナンパされている現場を見てしまったマチュの話です。師弟の距離が近いですがカプではありません。
今作のみ視聴済、なんやかんや平和になっている世界です。
再会話と同じ世界ですがこの話だけでもお読みいただけます。

Work Text:

 サングラスの向こうに知った顔を見たような気がして、マチュはおやと首を傾げた。
 どう考えたって狙われやすい立場にいる彼がこんなところにいるわけがなかったけれど、片目を隠すやわらかな前髪はどこからどう見たってよく知っているものである。ここ数年は顔を隠すために使っているらしいマスクも今日は付けていないようだった。いいのかな、こんなところにいて、と身を乗り出して目を細める。マチュがニャアンと共に身を隠しているある街の近辺では、確かに自分たちのような人間の顔は知られていない。あの『シャリア・ブル』だって、特定できるような人はそう居ないだろう。彼もそのぐらいはきっと確かめてから出歩いてきている。だからといって護衛のひとりもなくうろついている理由はマチュにはちょっと分からなかった。
 そりゃあヒゲマンは生身で戦ったって強いけどさ、と唇を曲げて通りの向こうの彼を眺める。彼はちょっと、彼自身がどれほど想われているのかを自覚しないようにしているところがあるのかもしれない。まさか感じ取れていないというわけではないだろう。未だ自分を大切に出来ないでいるのはあの頃聞いた過去の出来事が影響しているのかもしれないけれど、それにしたって考えなしすぎるんじゃないかと思わずにいられなかった。
 現に今、彼はよく分からない男たちに囲まれている。初めは金銭をせびられでもしてるのかな、と思ったけれど、どうもそうではないようだった。男たちの視線が気持ち悪い。べたべたじろじろと彼を見る目に吐き気がする。学校に通っていた頃、友達のひとりが嫌な目にあったと話していたことを思い出してマチュは咄嗟に駆け出していた。
「なんの用?」
「は?」
 柄の悪い男たちと、珍しく目を丸くしたシャリアの間に身体を割り込ませる。むんと胸を張ってサングラス越しに睨みつけるとにやにやとこちらを見ていた男が僅かにたじろいだ。そんな根性も無いのならナンパなんてやめておけば良いのにと益々目を眇める。顔を見合わせた三人の男たちは、よせば良いのにマチュも合わせて誘い込もうとしているようだった。
「なあ、アンタらどんな関係なんだ?」
「どうだって良いけどさ、いいだろ? ちょっと話すぐらい」
「よくないです」
 低くなる自分の声を自覚しながら男たちを睨みつける。シャリアよりもほんの少し背の高い男たちは、マチュから見るとまるで壁のようだった。だからといって引く気にもなれず腕を組む。絶対に通さないからと目を細めると、男たちはそんなマチュを鼻で笑って再びくだらない誘いをし始めた。
 ちょっとだけだからとかお茶だけだからとか、乗るわけが無い下手な台詞にため息を吐く。関わらない方が良さそうだった。ヒゲマンもそう思うでしょ、と上目に彼を見てシャリアの手を取る。そのまま駆け出そうとして、肩に伸びた男の手に反射的に反対側の手を上げた。
 ぱし、と小さな音が響く。マチュが叩き落とすよりも先に、シャリアの手が男の手をやわらかく受け止めていた。「こんなことをしてはいけませんよ」ととびきり優しい声が宥めるように囁く。効果は抜群だった。
 つい先程までの勢いなんて忘れたように、男たちがぽんやりとシャリアを見ている。なんだか魔法にでもかかったようだった。まさか、と彼を見上げて、滲んだ困ったような笑みに肩を竦める。マチュがなにそれと思っている間に男たちはあっさりと説得されていた。
 照れきった顔をして、信じられないぐらいに良い子の返事をして帰っていった男たちを見送って彼を見上げる。今日のシャリアは眼鏡を掛けていた。それがまた、彼によく似合っている。黒いふちにかかったやわらかな灰緑の髪は、このひと大丈夫かなという大人に対する初めての不安を抱かせるのに十分な力を持っていた。
「……いつもこんなことしてるわけじゃないよね?」
「いえ。たまたまですよ」
「私助ける必要無かったじゃん」
「どう対処しようか迷っていて……対応が遅れたので助かりました」
 嘘じゃない、けど本当でもないな、と分かってしまって大きく息を吐き出す。どう問題にならないよう穏便に済ませようか迷っていて、どうとでも出来るから焦らず対応していたらしかった。
「ヒゲマン、護衛は? そういう立場なんでしょ」
「必要ないでしょう。どうにかしなければならないほどの瘤にはなってはいないでしょうから」
「ふうん……でももうちょっと気をつけた方が良いよ。シロウズさんのためにも」
 不思議そうに瞬いた目がこちらを向く。今日は珍しい顔ばかり見るな、と思って、マチュはふいに手を繋いだままだったことを思い出した。
 また厄介な人物に声を掛けられるかもしれないし、今はこのままでも良いか、と特に離したりはせずに彼を見つめる。わかるでしょと訴えた目は正確に伝わったようだった。マチュが本心からそう思っていることを感じ取ったらしい彼の顔に困惑が滲む。どうしてシロウズの名前が出てくるのか本気で理解できずにいるようだった。
「そりゃあ心配でしょ。好きなひとに何かあったら」
 ね、と握った手に力を込める。唇を引き結び、開いて、それからもう一度閉じたシャリアは、珍しくものすごく照れているようだった。
 咄嗟に否定しようとしたらしい言葉を飲み込むぐらいには、彼だってシロウズからの想いを自覚している。あと一歩だよシロウズさん、と心の中で呼びかけて、マチュはなんだかあたたかな気持ちになって年上の友人を見上げた。
 首を傾げたシャリアが、思い出したように時間を確認する。なにか予定があるのかなとつられて時計の針を追ったマチュに、彼は良いことを思いついたような顔をして「一緒に来ますか?」と尋ねた。
「いいけど……どこに?」
「今からシロウズと予定が……ああ、来ました」
「ごめんちょっと私帰るね!」
 そんな大事な予定だったのなら早く言ってよと飛び上がる。少し離れたところでは、どう考えたってものすごく考えてきたコーディネートのシロウズが立っていた。デートコーデである。ぽかんと口を開けたシロウズに、それはちょっとあんまりなんじゃないとシャリアを見て――彼の服装のあちこちに赤色が覗いてることに気がついて、マチュはそっと手を離して駆け出した。
 思い切り、デートの服装だった。
 彼らの関係はあと一歩どころか既に半歩踏み出していたようだった。
 

 


「それで、私がいたんだよね」
「……その男たちの特徴は?」
「ヒゲマンに怒られるよ」
 頭を抱えたシロウズが大きく息を吐く。
 彼らのデートらしき日の翌日、マチュはシロウズに誘われて食事に来ていた。もちろん用件はあの日何があったかについてである。『話を聞きたい』とメッセージを送ってきた彼は元々マチュとシャリアの間に何かあったんじゃないかとは思っていなかったらしく、最初の質問は『また何かあったのか』だった。シャリアの無茶とあの魅力のおそろしさをよく知っているが故の質問だった。
 あっさりと彼がナンパされていたことを伝えて、頭を抱えてしまった彼の顔を覗き込む。机に頬をつけて正面の彼を見つめると、シロウズは眉を下げながら笑って椅子の背に凭れた。まったく仕方がないなとでも言いたげな表情に目を細める。いつもよりシャリアへの心の距離が近い。どうやらあのデートは中々上手くいったようだった。
 良かったな、とひとごとながら安堵して、ぶらぶらと足を揺らしながら頬杖をつく。窓の外を眺めて、上手くいったのなら詳しい話を聞いても良いのかなと彼を盗み見た。
 想い人の顔でも思い出していたのか、頬が愛おしげに緩んでいる。とびきり気の抜けたやわらかな顔だった。
 これはもう聞くしかなかった。
 どんな大人の恋愛の話を聞かせてくれるんだろう、何があったんだろう、とどきどきとしながら、今度はこっちが聞かせてもらう番だと身を乗り出して机に手をつく。
 青い目が瞬いてきらきらと光った。
 何度か彼の恋愛相談を受けていたから、マチュにはよくわかる。本当のところ、彼は話したくて仕方がなかったようだった。
「そっちは?」
 これが本題でしょとずいと顔を寄せる。
 あの時不思議なにおいを纏って現れた謎の男は、どこにでもいるような恋する青年の顔をして「実は」と笑った。

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